赤い服
鉛色の部屋の中で、薄灰色のページをめくりながら、墨色の文字を書き連ねていきます。
今日は勉強の日。
昨日も勉強の日。明日も勉強の日。
乳白色の教科書は、味気ない事柄が並んで、その言葉を頭へ頭へと、放りこんでいかないといけません。
ページをまためくると、気になるものが目に飛び込んできました。
赤い色です。
何やら説明する文があるけれど、それに目をやらず、しばらくその色を見つめていました。
勉強に飽き、くるりと椅子を回し、窓を見ます。
「赤い色はあるだろうか、この窓の向こうに」
暗い外。
もう日は落ちています。外から窓を覗けばよく見えるけれど、内から窓を覗いても何も見えません。
でも、探していました。
あの赤い色が窓の向こうに見えるかもしれないから。
ちら。ちら。
何かが動く。
ちら。ちら。
何かが、ある。
ちら。ちら。
何かが、動く。
窓を開け、それを見ます。
赤い紐が見え、それが遠くまで続いてる。
風にあおられ、動いてる。
「ああ、そうだ。思い出した。プレゼントを渡す人が一晩だけ現れて、善い人に渡すという。その人は赤い服を着ている。その人があの向こうにいるかもしれない」
暗い外は重い雪が冷たく邪魔をし、間違いなく苦痛です。
でも外へ足を踏み出します。
色彩のない世界へ。
赤い紐を掴み、純白と漆黒を泳いでいく。
重厚な雪は体を沈みこませ、墨汁のような暗黒は息を詰まらせるものでした。
体は進まず、闇夜にむせて溺れそうに。
でも赤い紐は不思議と力を与えてくれて、それをたどり進んでいくのです。
手はかじかんで動かなくなり、足は濡れてしもやけになり、体は凍えながら。
赤い色で熱くなって。
気が付くと、ひとつの山の上まで来ていました。
思わずここまで来てしまったと、茫然としながら赤い紐をたどります。
すると、服が落ちてます。
赤い服が。それは紐をたどってやって来た終着地でした。
その赤い紐は、落ちている赤い服のほつれが長く伸びたもの。
誰もいない。
赤い服の人がいるはずなのに。善い人に渡すというプレゼントさえも、ない。
探しに来たのに。
「探しに来たのに」
「童子よ。探したのはこちらの方なのだ」
誰もいないと思ったけれど、います。
闇夜の山肌にぽっかりと開いた洞窟の、真っ暗な中の真っ暗から、人の顔が浮かんでくる。
でもそれは人のものじゃなくて。
「我は引くものだ。善き人への供物を載せし車を、引くものだ」
馬の様に大きな人面の猫が、ゆっくりとこっちにやってくる。
でもその声は穏やかで、その表情はそんなには怖くない。
「善き人への供物はより良き者が御さねばならぬ。見つけられぬ赤い服を見つけられた者こそが、より良き者としてこの世を照らすのだ」
握っている赤い紐、それはより熱く感じる。
ああ、なんてことだ。自分こそが赤い服の人なんだ。
「では行こうぞ! 童子よ! 赤き服を纏え!」
大急ぎで赤い服に身を通す。
人面の猫が引く車に飛び乗って!
「今宵、この世を照らそうぞ!」
満載したプレゼント、全ての良い人々に渡していく。
人面の猫が引く極彩色に輝く道を、飛んでいく!
鉛色の部屋の中で、薄灰色のページをめくりながら、墨色の文字を書き連ねていきます。
今日は勉強の日。
昨日も勉強の日。明日も勉強の日。
でも目を閉じれば浮かぶ、青い山。
黄色い街。
紫の森。
透明な海。
緑の道。
白い砂漠。
善い人々。
様々な善い人に食物と服に薬を与えながら、世界を巡りました。
一目見る事しかできなかった善い人たち。
すぐさま与えられたものを誰かに渡す、子供。
怪我を負いながら、別な人に薬を使う男の人。
やせ細りながら食物を抱えて、向こうにいる誰かの元に走る老人。
凍えながら受け取った服を隣の人に渡す女の人。
見たのはまっすぐな目。それと頭を垂れ、感謝を表す善い人たち。
赤い服の人として、世界を照らせたかはわからないけれど。
自分が本当に善い人なのかわからないけれど。
プレゼントは一晩の内に世界を巡って渡し終わり、人面の猫に脱いだ赤い服を預け、別れました。
「また会おう。この世を照らす善き童子よ」
自分の方が、世界に彩られたようなものだけど。
また窓を見ます。
赤い紐は見えなかったけれど。
限りない色彩があの窓の向こう、はるか先にあります。
善い人たちと一緒に。