第87話 前倒しの出発
エルスとベガは俺が俄かに発した言葉に驚く。
「ほえ?」
エルスは予想もしていない言葉に驚き頓狂な声を出す。
「ジンッ? 確かにお前はアル・フォー・ラーゲルから出たことが無いから、マキラ・フォー・ラーゲルに早く行きたいのはわかルッ。だがギュジットの護衛はどうするんダッ?」
ベガは何か勘違いしている様だ。俺は確かにマキラに行ってアルが言っていた夜光のコントラストを見たい気持ちはあるが、それが理由ではない。
「確かにマキラ・フォー・ラーゲルに早くいきたい気持ちはある。だが、俺の予想が正しければ、もう呑気にギュジットの護衛云々をしてる場合じゃないかもしれない。」
ベガは俺の言葉に「お前何を急に言い出すんダッ?」とでも言いたげな視線を向けてくる。
「はアッ? ジン、急にどうしたって言うんダッ。お前は領主でも領主の関係者でも無いんダッ。そんな奴をマキラの使者へ同行させられるわけがないだろウッ。」
「なら、俺は勝手にその使者を付けさせて貰う。」
「ナッ......!」
ベガは俺の強い意志にたじろぐ。
「いいでしょう。そこまで言うなら同行を許可します。」
「エルスッ!??」
エルスは最初頓狂な声を上げたもののその後は静かに俺とベガのやり取りを聞いていた。そんなエルスから許可が出たのだ。
「ジン様、アル様がもし戻られたら拒否されるかもしれませんが、それでも構いませんか?それで良いのならば、マキラの使者へは私が説明しましょう。」
俺はその言葉にニヤリと笑う。
「ああ、構わない。」
そこへベガが横槍を挟む。
「待テッ! エルスッ。お前正気カッ? 何をするかも分からない部外者を一緒に連れて行って問題でも起これば、アル・フォー・ラーゲルの威信に関わるんだゾッ!」
「では、ベガにジンを止める力はありますか? 今ここで断って後を付けられた方がよっぽど問題になると思いますよ? それに、現領主アル様が不正を行なっていた。既に我々には威信など欠片も無いのです。」
「くソッ。だが、ジン! 何故、わざわざついてこようなんて思ったんダッ! それくらい教えてくれたっていいだろウッ?」
ベガはエルスに言いくるめられ、苦しくなったのが目に見えてわかった。俺に理由を聞き出そうとしてくる。
「それは駄目だ。お前達にはまだ話すわけにはいかない。俺の気配遮断が見破られている可能性がある以上、話せないんだ。」
「何ッ? ジンの気配遮断が見破られているだトッ?」
「ああ、変だとは思わなかったか? アルをずっと監視出来る筈の俺がこの事態に驚いた事に。俺がアルの居場所を知らなかった事に。」
もしアルがもしくはアルを攫った者が、俺の分身がいない時を的確に突いていたとすれば、気配遮断が見破られている可能性が高い。つまり、俺達の今の会話だって筒抜けかもしれないのだ。
「それはジン! お前が本当は知っていて―。」
「その話は今度だ。もう時間がないんだろう?」
俺は分身で、マキラの使者が領主の館のすぐそこまで来ているのを確認して言う。
「ええ! 確かにジン様の言うことは気になりますが、急いで戻りますよ!」
「なら、俺は急ぎチサとギュジット夫妻に事を伝えてくる。少しの間マキラの使者を引き留めておいてくれ。」
「ナッ......! 後で絶対に聞かせて貰うからナッ!」
そう言うと、ベガはエルスを背負うと猛スピードで駆け出す。
「サービスだぞ?」
俺はそう呟くとベガとエルスに、領主の館に戻るまで気配遮断をかける。
歩いてであれば良かったのだが、ただでさえ目立つベガが、あの勢いで走れば流石に目立ちすぎるから。
こうしてエルスとベガが無事に領主の館に向かって行くのを確認すると俺もギュジットの豪邸へと戻る。分身を介して伝えてはいたが、準備を急いで貰うためにも...。
こうして俺は、ギュジットの豪邸へと戻った時、彼らは準備を終わらせていた。というのも、俺がインベントリを使う許可を出したのだ。本当は、人の荷物をしまうつもりなど毛頭なかったのだが、状況が変わってしまったからにはそうせざるを得なかった。
結局、旅行において最も時間のかかる荷造りの時間を短縮したことで、かなり早い段階で準備が終わったのようだ。
「ジン、どうして急にインベントリを使わせてくれる気になったの? もしかして、さっき急いで出て行ったことが関係しているのかしら?」
ミリアは俺に聞く。鋭い指摘だ。
「そういうことだと思って貰って構わない。」
「あら、話せない事なのね。」
俺は戻るや否や、インベントリへと荷物をしまってゆく。着替え、化粧品、タオル、防寒具、石鹸、ギュジットが今回マキラと取引する物品等々なのだが、そんな俺へとミリアが微笑みながら語りかけてくるのだ。
ちなみにだが、インベントリの機能付きの袋は、容量の問題と、作成コストの問題でそう易々とは使えないんだそうだ。やはり技能に勝るものはそう簡単に作れないようだ。
そして、完全に荷物を片付けた俺は、街に放っていた分身をギュジットの豪邸へと呼び戻すと、ギュジットの豪邸の前にある人力車へと移動させる。
俺もその人力車へと向かうと、そこには、チサと楽しげに遊ぶリルと、人力車の中で寛ぐギュジットの姿があった。この3週間でギュジットは若干痩せたのだが、あくまで若干。風船が少ししぼんだ程度である。
「ハァハァ。これはジン様、もう出発ですか? 今回の旅路よろしくお願いします。」
察しが良い人は気付くだろう。俺は以前ギュジットと歩いて(背負って)ここへ向かった経験から、人力車を用意して貰ったのだ。状況が状況なだけに他人に引いて貰うわけにもいかず、俺が分身を出して引く事になった。
「おお、ジン! もう荷物はしまい終わったのかの?」
チサの言葉に俺は頷く。
「さて、リルよ。そろそろ出発のようじゃ。人力車に乗るが良いぞ。ジンが運んでくれるからの。」
「うん! 分かった。チサお姉ちゃんは?」
「ん? 妾か? 妾は久々にジンと一緒にいたいと思うのじゃが、駄目かの?」
チサはリルよりも身長が高く大人びているのもあって、お姉ちゃんと呼ばれていた。実年齢は実際俺も知らないので、真実はわからないのだが。
「ううん。チサお姉ちゃんは、ジン兄ちゃんのお嫁さんだもんね! 僕は移動中はお父さんとお母さんと遊んで貰うよ!」
ちょっと待て。今なんて言った?
違うからな?
勘違いするなよ?
チサは妹みたいなもので―。
「ふふっ! そうじゃの! 久々にジンと愛を育むとするのじゃ!」
俺の頭の中での言い訳を断ち切るかのようにチサが元気に言う。
俺は思わず口に出す。
「待て! チサ。俺とお前はまだそういう関係じゃないはずだ! それにチサの事は妹の様に思っていると―。」
「ジン兄ちゃんは、チサお姉ちゃんの事が嫌いなの?」
「ぐっ...!」
俺はリルの不意打ちに言葉に詰まる。
「そうなのだったのじゃな。ジンよ。」
「なっ......。」
それにチサがガッカリした表情を浮かべる。
「あらあら、お揃いの指輪までつけてるのに、それは酷いんじゃない?」
「くぅ。」
遅れてやって来たミリアまでそんなことを言う。
この場に俺の味方が居ない事を悟った。
そんな逃げ場のない3コンボで大ダメージを負った俺は、現実逃避するかの様に気配遮断でその場から消えるのだった。
苦難を乗り越えたしょた丼の筆はサラサラと進み始めた...!
というわけで本日2話目の投稿です!
昨日悩んでたのが嘘みたいに進むなあ。
この調子で88話も頑張りますね♪
20/12/16




