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第85話 アルの失踪

 ギュジット夫妻を説得した俺たちは、元々領主のアルから借りていた家を引き払って、ギュジットの家に住まわせて貰っていた。


 アルが何か報復や暗殺などの手を打ってくるかと思ったが、恐ろしいほど何も起こらずに平穏に日々は過ぎていった。

 とはいえども、ギュジットが、空腹に耐えきれず度々暴走したことは、ある意味平穏とは言い難いものだったのかもしれない。


 とにかくギュジットのことを除けば、平穏な日々を過ごした俺たちは、闘技大会前々日、この大陸を巻き込んでゆく大事件の発端となる報告を受ける。


 その日は俺とチサ、更にギュジット夫妻とその息子リルもまた、明後日行われる闘技大会本戦に向けて大会出場と、観戦に向かう為の準備で忙しかった。


 そんな時、俺が周囲に放っていた分身から連絡が入る。俺の脳内に、老執事と馬面の男がギュジットの館へと走ってくる光景が映る。


「何? エルスにベガだと?」


「どうしたのじゃ? ジン。今更襲って来たのかの?」


「いや、それにしては様子がおかしい。それに俺やチサの隙をついてギュジットを暗殺するにしては、ベガはまだしもエルスを連れてくる意味がない。」


 おれは考える。だが、分身から伝えられるエルスとベガの様子を見るに俺は2人から、尋常じゃない焦りを感じ取った。


「ふむ。これは妾達のガードを崩すための計略か何かかのう? じゃが、妾とジンを分断したところでギュジットの近くにどちらかがいれば出し抜かれることはないと思うのじゃが。」


 チサは相手の企てを疑っているようだが、やはり俺はそれは無いと思った。

 だが、もし何かあった時の為に俺はギュジットの家の内部に実像分身を増やす。


「チサ、ちょっとエルスとベガに会ってくる。一応分身は増やしておくが、もし何かあった時は頼む。」


「うむ。妾に任せるのじゃ。気をつけていってくるのじゃぞ。」


「ああ。」


 俺は短い言葉を返すとギュジットの豪邸を飛び出し、ギュジットの家へと走ってくる2人のもとへと向かう。数分で2人のもとへとたどり着いた俺は2人の前に姿を現す。


「おオッ! ジンカッ! ギュジットの家まで向かう手間が省けタッ。」


「ゼェ、ゼェ。この年で全力疾走は堪えますね。」


 エルスに合わせていたためか、全く息切れをしていない馬面マッチョのベガと、領主の館で働く今にも倒れそうなほど息切れしているエルスがいた。


「おいおい。どうした? 一応聞いておくが、今更襲いにきたのか?」


「クッ......! ジン! 久しぶりとか、そういう優しい言葉は無いのカッ。」


「しょうがないだろう? ベガ。俺たちは、いつ襲われたって仕方ないんだから。ベガは完全にこちら側ってわけじゃないだろう?」


「グッ......! それはその通りだが、この大通りでその話は不味イッ。場所を変えないカッ!」


「俺は別にバレたって良いんだ。寧ろ闘技大会さえなければ、今すぐアレを出したいくらいだ。」


「待ってください! 我々はジン様を襲いにきたわけではないのです。ここでは話せない重大な話があるので場所を変えませんか?」


 俺とベガが言い合っているうちに息を整えたエルスが重大な話があるのだと言う。


「そうだな。お前達の様子から、害意が無いのはおおよそ予想していた。」


「クッ......! 分かっててアレを言っていたとハッ。ジン、お前かなりいい性格してるナッ。」


「すまんな。どこかの誰かからいつ殺しに来られるかわからない恐怖にここ3週間ほど晒されていたんだ。そうも言いたくなるだろう。」


 俺はベガの皮肉に皮肉で応じる。ベガは歯痒いような表情を浮かべるが、俺はスルーしてエルスに向き直る。


「話は聞く。だが、ここでいい。」


「はい? ジン様、ここで話せとは冗談でしょうか? 民達に聞かれるわけにはいかぬほど重大な話なのですよ?」


「エルス、心配は要らない。こうすれば良い。」


 そう俺はエルスに告げると俺の代名詞とも言える一つの技能を発動する。俺が指定した対象、範囲の気配を完全に消し去る、技能:気配遮断だ。


「気配遮断」


 俺が技能を使った瞬間、俺たちを不思議そうに見ていた視線が全て消えてゆく。


「さて、これで話しても大丈夫だ。俺たちの周囲だけ、何をしようが誰からも気付かれることはない。」


「なっ......! これがジン様が闘技大会予選で終了間際まで誰からも見つからなかった理由ですか。納得がいきました。」


 エルスは急に自分達を見ていた全ての視線が外れ、しかも誰もが大通りで立ち止まっている俺たちを見ないことに驚いて言う。


「しかし、気配が消せても声が漏れたりはしないのですか?」


 俺はその言葉に少し口角が上がる。


「なあ、ベガ? ちょっと叫んでみてはくれないか? エルスが不安がっているから特大の声で頼むよ。」


「わかっタッ。」


 そう言うとベガは大きく息を吸い込み―。


「ヒヒィィィィィィィンッッッッ!」


 辺りに間違いなく響き渡るであろうベガの特大の奇声が放たれる。


 俺とエルスは思わず耳を塞ぐ。耳を塞ぎながら俺は思う。


(これはチサがいたら間違いなく笑い転げてただろうな。叫び声がヒヒーンは無いだろう。)


 だが、その声は確実に大通りどころか、周りに立ち並ぶ家々の中にも聞こえていただろうに誰も気付かず、大通りを通りすぎてゆく。


「これでいいか? エルス。」


「確かにここまでの声を外に微塵も漏らさないのでしたらお話しても良いでしょう。」


 そうしてしばらく黙り込んだエルスは、意を決するとそのシワの入った顔で俺を見据えて言う。


「端的に申し上げます。アル様が失踪致しました―。」


「へっ?」


 俺は衝撃で思わず声が裏返るのだった。


今日ふと思ったのですが、連載小説って同じ話を書き直すと、絶対に同じ話って書けないんですよね。同じ自分が書いてる筈なのに。

不思議なものです。

書く時間や作者の気分でガラッとお話が変わってしまうのですから。そう考えると小説って小さな奇跡が集まって出来上がってるんだなってふと思いました。


さて、そんな小さな奇跡の第85話でした。


第86話もよろしくお願いしますd( ̄  ̄)


20/12/14

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