第155話 ヴァルボーゲンの力
昨日は投稿できず申し訳ありません。ちょっと急に来た精神的ダメージに打ちひしがれてました......
「さて、皆、席についたな。まずは、乾杯! 」
「乾杯。」
俺たちはそれぞれが割り当てられた席に付き、目の前にある透き通った淡い褐色の液体の注がれたグラスをヴァルボーゲンの音頭に従って持ち上げる。
ちなみに今俺たちが乾杯した飲み物は、この大陸の森の木――正確には巨大キノコなのだが。それを切り倒し、数年乾燥させたあとに調理可能な大きさに切り分けた後、それを煎じて、最後に風味を調整するために塩を少し振って作られたオーガ族伝統の飲み物だそうだ。茸茶というらしい。
そのほかにもテーブルの上には様々な料理が置かれていた。
ただ、この大陸の環境の問題もあって、すべてが何らかの肉料理で、色合いもほぼ茶色一色であったが。
「ふむ、この飲み物はスープに近いのじゃな。ミリアに飲ませてもらったスープになる前に取っていた出汁に似ておるのじゃ。」
ミリアとは岩の大陸でしばらく世話になったギュジットの奥さんなのだが......
「チサ、なんでそんなことを知ってるんだ? 言われてみればそんな気がするが、ミリアはつまみ食いなんてさせてくれなかったぞ?」
俺はチサだけがその可愛さを活かして味見させてもらっていたのかと思ってジト目を向ける。俺が匂いにつられて台所に行ったときや、アルの監視とギュジットの護衛で疲れ切った時であっても絶対に完成前の料理を分けてもらえなかったというのに!
あ、わかったぞ。チサはあの二人の息子であったリルと似て幼い容姿だったから分けてもらえたんだな? そうだ! そうに違いない!
「ふふっ! ジンよ。流石の妾もあのミリアからつまみ食いをさせてもらえたことは無いのじゃ。でもの、ジンは妾の技能について失念しておらぬか? 水ならば妾の手にかかればこうなのじゃ!」
チサが天井に手のひらを向けて手を上げる。
するとこの部屋にいる全員のグラスに注がれた茸茶がまるで重力を失ったかのように宙に浮いた後、集合し、チサの手のひらの上に集まる。
「おお! 素晴らしいでごわす。おいはこんな技能の使い方はみたことがないでごわす。ジークハルトから少し聞いてはいたが、あの嵐の外側にはこんな使い手もいるのだな。」
「ぐ、そんな手があるなら俺に教えてくれたって良かったじゃないか! 一人で美味しい思いをしやがって!」
俺はチサの新たな技能の使い道を知って少し......いや、かなり嫉妬する。今はかなり大げさにやっているが、これの範囲を縮小すればいつでもどこでもつまみ食い......否! 盗み食いできるってことじゃないか! ヴァルボーゲンは褒めているが、俺は褒めないぞ。絶対に。
「うむ。でも、水が触れているもしくは水の中に溶けていなければ無理じゃから、水がメインではない液体や物質もしくは、液体の中に水がなければできぬがの。だから、ソースや料理そのものを味見することはできぬのじゃ。」
ふむ、俺が思うほど万能じゃないみたいだな。
「ん? 液体って水だけじゃないのでごわすか?」
「おいもそれはおもったでごわす。お前たちはしっているか?」
ヴァルボーゲンが護衛の二人のオーガに尋ねるも二人ともが首を振る。どうやらオーガは戦闘に特化した種族であるがゆえにこういった知識は薄いのかもしれないと俺は思う。
「話せば長くなるからのまた時間があればじっくり教えてやるのじゃ。とりあえず今は、お主たちオーガが普段飲んでいるようなものであれば基本的に操れると思って構わないのじゃ。無理なものの例を挙げると油はむりじゃの。」
そのチサの言葉にオーガたち四人は首を傾げるも、その後は食事を楽しむ。とはいえ俺的にはそろそろ野菜が恋しくなってくる。というのも森の大陸以来ずっと俺は野菜というものを食べていないのだ。あり得ないだろう。まさか二つの大陸続けてまともな植物が育たないなんて。それに移動中は基本深海のモンスターが主食になるから野菜なんてとてもじゃないがたべられないしな。
俺は次の大陸では絶対に野菜を見つけたらストレージに食べきれないくらい詰め込んでやると誓う。
そうして食事が終わった後、お互いに改めて自己紹介をする。
とはいっても名前を知らなかったのはオーガの護衛の二人くらいで、その二人の名前はロベルティナとランバージェリーと言うらしい。紹介を終えた二人は食べ終えた食器の片づけやテーブルの掃除を速やかに済ませて去ってゆく。
こうしてこのあばら家の中は4人のみが残される。
「護衛はよかったのか?」
俺はヴァルボーゲンに尋ねる。
「問題ないでごわす。こう見えてもおいは自分を害する意思を持ったものを生物、無生物、技能すべてにおいて識る、技能:叡智を持っているでごわす。それによっておぬしらに問題はないと判断したでごわす。それにジークハルトを含めたお主ら三人に残念ながらあの二人は敵わない。それにこれからする話を聞かれると不味いのでごわす。」
いや、叡智とか大層な技能持ってるのに液体については知らないのかよ! と俺はツッコミたい気持ちになるもこれ以上踏み込めば中々本題へと進めないので諦める。それより、護衛に聞かれて不味い話ってなんなんだ?
「さて、ここまで話を聞くのが遅くなりすまなかったでごわす。ここに来るまでの話も聞きたいところでごわすが、単刀直入に聞いておかねばならぬことがあるでごわす。」
「!?」
その瞬間、ヴァルボーゲンからこれまで感じた何よりも強い圧力が発せられこの場を支配する。俺はその気配に全身から鳥肌が立ち反射的にその場を飛びのいていた。
俺の隣を見ればチサもまた同様だった。
「いい反応でごわす。流石、おいでも立ち入れなかったあの監獄からジークハルトを助け出しただけはあるでごわす。」
「どういうことだ? なんだ! そのでたらめな力は!」
俺は黒影切を出して最大限警戒する。この圧力の中で俺とチサはなんとか動けていたが、ジークハルトは完全に動けなくなっていた。どういうことだ? なぜ急にこんな力が? ジークハルトがオーガ族一位の戦士じゃなかったのか?
俺は混乱しつつもヴァルボーゲンを鋭い視線で睨み返す。少しでも気を抜けばやられてしまうかのような気配がヴァルボーゲンから発せられていたのだから。
数分の沈黙の後、ヴァルボーゲンが体から発していた圧力を消す。その瞬間、俺もチサも緊張から解放されたことで膝をついていた。ふとヴァルボーゲンから目を離すとジークハルトがテーブルに力なく上半身をうつぶせにして倒れていた。
「少し二人を試させてもらったでごわす。ジークハルト寝てないで起きるでごわす。」
そう言ってヴァルボーゲンがジークハルトに手をかざすと、ジークハルトが起き上がる。
「ヴァルボーゲン! あれをやるなら事前においどんに教えておいて欲しかったでごわす。死んだかと思ったでごわす......。」
「事前に伝えて、もし二人のうちどちらかがこれを聞いてしまったら意味がなか。許して欲しいでごわす、ジークハルト。それに、お前と違ってあの二人は意識を保っていたでごわす。」
ヴァルボーゲンの謝罪に少しジークハルトは拗ねているように見えたが、アレを受けて気絶しなかった俺たちを見て少し悔しそうな顔をする。
冷静に考えてみれば、ジークハルトは自分をオーガ族一位の戦士というくらいだ。きっと頭領であるヴァルボーゲンを除けば今は分からないが本当に一位で、その自負があったのだろう。それがこうも目に見える形で実力差が分かってしまえばやはり悔しいものがあるのだろう。
「はぁ......、はあ。ジークハルトよ、悔しいと思えるということは今以上に強くなるきっかけになるのじゃ。とはいえ、妾も今のはかなり危なかったがの。」
そういいながら俺たちは促されるままに先ほどの席に戻る。今ので分かった。間違いなくヴァルボーゲンは俺やチサより強いと。相手の方が強いということは、ここで逃げだすよりは立ち向かう方が良いのだ。俺には不死身があるのだから。
俺とチサが席に戻ったのを確認したヴァルボーゲンは口を開く。
「ジンとチサよ。お前たちは、どうして――この大陸へ上陸できたのでごわすか? そして、異大陸から来たのなら、ロックスタンというリザードマンを知らないか?」
「【結界神】......!」
俺は先ほどのヴァルボーゲンの威圧よりも強い衝撃に口を開いたまま動けなくなるのだった。