第152話 ジークハルトの涙
昨日は投稿できず申し訳ありませんでしたm(__)m
ジークハルトの背に捕まり、俺たちは引き上げられてゆく。
不死身と自動回復があるのだからここから落ちても死ぬようなことは無いし、無の大陸でゲチスの追ってから逃げていた時はもっともっと高い谷を飛び降りたことだってあった。
それに首長竜の時のチサの頭の上はキャリーカウの背中なんか比にならないくらいには高いのだが......。
だが、やはり、キャリーカウの足を通り過ぎたあたりから俺は腹の中からスーッと吹き抜けるような体の奥底が震えるような、そんな感覚に襲われ身震いする。
「ん? ジン、もしやこの高さでブルっておるのかの? ジンならこの程度可愛いと思えるくらい高いところなんて何度も経験しておろう? それにジンは落ちたって死なぬのに何を今更恐れることがあるのじゃ?」
「そうは言われてもだな......本能的に怖いもんは怖いんだよ! 俺が今まで高いところにいた時は普通じゃなかった時なんだ。」
「普通? 今だって十分異常事態じゃと思うのじゃが?」
「ぐっ......そこは察してくれよ。少なくとも今は落ち着いてるじゃないか!」
俺はチサからは見えていないだろうが少し抗議するような不機嫌であるような、そんな顔をしてみる。頬を膨らませて、目を細めるくらいだが。
「ジン、まあそうすねるでない。からかって悪かったの。」
だが、チサは背中から少しよじ登って、俺の肩に顎を乗せて俺の表情を見ていた。それに気づいた俺はプイっとチサの居る方向とは反対側へと首を回す。
しばらくそんなやり取りを繰り返していると安全圏からこのやりとりを見ていたジークハルトが間に入ってくる。
「ジン、そろそろ許してやるでごわす。チサがかわいそうであろう。許してやらないか?」
ぐっ、ジークハルトまでチサの味方かよ。くそっ。なんだかこれじゃ俺だけもてあそばれたみたいじゃないか! 実際そうなのだ。だからこそチサを困らせてやろうとしているのに......!
「そろそろ頂上でごわす。ジン、チサ、そろそろ痴話喧嘩はやめて大人しくするでごわす。」
どうやら時間切れらしい。俺は残念な気持ちになるも、これからジークハルトがオーガの頭領と交渉するのにこの諍いを持ち込むほど子供ではない。俺は今にも飛び出しそうな矛を一生懸命収める。
そうしてジークハルトの足が、こげ茶色のふさふさの毛でおおわれたキャリーカウの背についたのを確認し、俺もジークハルトの背中からふさふさの地面へと降り立つ。
「おお! 思った以上にふっかふかなのじゃ! これなら、一日ずっと寝ていられるのじゃあ......! この大陸なら日差しも雨も気にする必要はないしのう。」
そういいながらチサはかがんでキャリーカウの背中の毛を手で触りながら気持ちよさそうに目を細める。だが、ここでは俺はチサに注意せざるを得ず、
「こら、チサ。ここにくつろぎに来たんじゃないぞ? 交渉がうまくいけば後で寝っ転がっていいか聞いてやるから今は我慢しろ。」
「絶対じゃぞ? 絶対じゃからな?」
チサは念を押しながらしぶしぶといった様子で立ち上がる。ジークハルトにかかるプレッシャーが増えるが許してもらおう。俺はそんな風に思ってジークハルトを見るとどうやら俺とチサのやり取りに気付いていないようだった。ただでさえほりが深い顔をしていて立っているだけでも相当な強面だというのに今のジークハルトは目が合っただけでそこいらの生き物なら倒せてしまいそうな程の形相をしていたのだから。
「おい、ジークハルト! 緊張しすぎだ! 三十年ぶりの知り合いとの再会かもしれないが、そんな顔してたら逆に怪しまれるぞ!」
そう俺が声をかけると、ジークハルトがものすごい速度でこちらを向く。
「そ......そうは言っても緊張するものは仕方ないでご......ごわす。」
「はああ、ジークハルト、さっきの威勢はどこへ行った。任せてくれって言った以上はドンとしてりゃいいんだ。もし、ジークハルトが失敗したって野宿の時間が増えるくらいだろう? それくらい気にするな。」
「うむ。いざとなったら妾が助けてやるのじゃ。安心して臨むがよい!」
チサは何がどうあってもここでくつろぎたいだけだろうと俺は言おうとするが、その言葉を飲み込む。なぜなら俺の目の前には、ジークハルトと同じ否、ジークハルトよりも少し大きく、顔には鼻から下をすべて覆い隠すほどには長いひげを生やした、一目見ただけで頭領だと思えるオーガの男と、その男の両脇を固める二人のオーガの女性がその両脇を固めていた。その二人のオーガの女性は種族柄なのかは分からないが、俺のような人間と同じ尺度で測るのならば、男顔負けの出会えば震えあがって逃げ出してしまうのではないかと思う鍛え抜かれた筋が隆起した背筋、腹筋、そして太ももを持っていた。だが、そんな筋肉を持っているにも関わらず、くびれがあり、出るところはしっかり出ているのは流石と言えるだろう。
当然ではあるが、女性とはいえオーガであり、どちらも三メートル近い背丈はある。
目の前から歩いてきた三人を見て少しばかり目を奪われていた俺だったがふと隣を見れば、ジークハルトがまるで石像のようになっていた。
「おい、ジークハルト、固まってるぞ。」
俺はジークハルトに向けて真上を向いてジークハルトを指でつつきながらささやいてみる。だが、ジークハルトは全く動く気配がない。俺は緊張で動けなくなってしまったのかとゆっくりと近づいてくる三人を見ながらもどうするべきかを思案する。チサと目を合わせて頷くと俺は挨拶をしようとジークハルトの前へと踏み出そうとジークハルトの後ろから横へ並んだ時――。
「ヴァルボーゲン......!」
「え?」
俺は急にジークハルトから発せられた言葉に思わずジークハルトの方を向く。
その俺の顔に大きな大きな雫がぶつかる。
「ぐあっ。」
俺は突然自分の顔面を襲った雫が目に入り驚き、まぶたを閉じるのが間にあわなかったが故に俺の目を襲った痛みに思わず顔を手で押さえる。
数秒後、回復した目でジークハルトを見た時、ジークハルトは目を見開いたまま、泣いていた。
否、ジークハルトの意思と涙はまるで乖離していると言う方が正しいだろうか。
ジークハルトのその表情は全く崩れていないのに、ただただ、濁流のように涙だけが流れていた。
俺は、そのまま顔だけを、オーガの頭領と思われる男へと向けるとその男もまたジークハルト同様に瞳から涙を流し、ひげを伝って地面へとその雫を流していた。俺はその異様な雰囲気に飲まれながらも相対する二人のオーガを見守るのだった。