第137話 治療の糸口
クレボヤンスに案内された先、そこは、集落の中央に当たる場所。俺たちの目の前には、この集落で最も大きい建物があった。だが、やはりこの建物もまた他の建物と同様に所々崩れたり、穴が空いたりしていた。
「ジンさん、ジークハルトさんこちらです。」
俺たちはすっかりおとなしくなったクレボヤンスの後に続いてついてゆく。
先ほど村長から殴られ、俺もクレボヤンスには冷たい言葉をかけたこともあって、初めて会った時からのそそっかしさというか喧騒というか。そういう類の様子は鳴りを潜めていた。
「おや? クレボヤンスいったい......えっ! オーガじゃない! ああ、もうこの集落も終わりというわけなの!? 何ということでしょう......。」
建物の中を進む中で女性と思われるリザードマンに会うや否や急に驚きの声を上げられる。ちなみに思われるというのは外見だけでは見分けが付かず、高い声と、先程戦ったリザードマンたちより一回り小さかいことから判断しているからだ。
「ゴライヤおばさん!! 彼らは大丈夫だ! 俺が保証する。それよりも彼らが医者を必要としているから診てやって欲しいんだ! これは村長命令だよ。」
「何ですって? どうして宿敵であるはずのオーガを......おや?」
そこでゴライヤという名前の女性リザードマンは俺をまじまじと見つめる。
「あら? 見たことのない外見してるわね。リザードマンのそれともオーガのそれとも違う見た目をしている知性のある生き物なんて......。」
「すまない。紹介したいのは山々なのだが、あなたが医者なら、この子を診てやって欲しいんだ。礼はする!」
「分かったわ。 礼は期待していいんでしょうね?」
「もちろんだ。」
「さて診せてもらうわね......! キャッ! このままで連れてきたって言うの? これは不味いわね。 クレボヤンス! 綺麗な水と布をありったけ持ってきて頂戴。まずは身体を拭いてあげなきゃ。あなた達は私についてきて。急いで治療するわよ。」
そう言うや否やゴライヤは走って奥の部屋へと向かってゆく。俺たちもそれに倣ってついていこうとするが......
「待って! 申し訳ないけどそこのオーガは......。」
「おいどんは出ていった方がよか?」
「待て、こうすればいい。」
「気配遮断」
俺はその言葉と共にオーガと俺の姿をゴライヤとクレボヤンスからしか見えないようにする。
「これで大丈夫だ。後で全員に見えるようにするが、今俺たちはクレボヤンスとゴライヤにしか見えていない。」
「へー便利な技能もあるのね。 ここよ。まずはそこのベッドにこの子を寝かせて頂戴! とはいえ、こんな状態で身体も拭いてあげないなんて、あなた達流石に何も知らなすぎよ! もし傷口が化膿してたら大変だったわよ!!」
俺とジークハルトは布と水が到着するまでの間正座してゴライヤの説教を受ける。
数分後ーー。
「おばさん! 水と布持ってきました!!」
クレボヤンスが両腕に俺が一人普通に入れそうなほど大きな水の入った桶を抱えて、尻尾で器用に布を持って駆け込んでくる。
「よし! おい! そこの無知な馬鹿オーガと馬鹿異種族! これはリスベスト病だね! まさかもうこの大陸から淘汰されたはずの病気に会えるなんてね!」
ゴライヤはそう言うと薬品の並べられた棚に目をやる。
「まずいね。本来なら死ぬような病じゃないんだけど、全身怪我しまくってるおかげでこれだとあたしが全力でサポートして持ってあと十時間ってところか。」
「おい! チサは治せるのか!? 俺はチサをこんなところで失うわけにはいかないんだ。俺はチサとの約束を果たすまでは......。」
俺はゴライヤの言葉を聞いて、涙目になりながらも訴える。
「だけどねぇ。リスベスト病の治療薬なんてもう作ってないし、残ってた薬もとっくに有効期限が切れてしまっているわ。」
ゴライヤはチサの体を傷口をなるべく傷つかないように汚れや血を拭き取りながらも言う。
「なら、どうすればいい? 必要なものがあるなら今すぐにでも集めてくる。対価が必要だと言うなら言い値で払う! だから頼む。その薬を作ってくれ。」
「でも材料はここに無いし、いくら私でもリスベスト病の治療薬を作るには二時間はかかるわ。だからあと八時間で貴方は私の言う材料を集められるの? 見たところ、小さいし弱そうだけど?」
「集めてみせるさ。言えよ。」
俺はゴライヤに向けて俺自身でも今まで誰にも向けたことのないような鬼気迫るほどに強い視線を向ける。
「......っ! どうやら私の見立てが間違っていたみたいね。いいわ。でも私もこれはかなり綱渡りなのよ? これ以上オーガの仲間と思われるこの子を治療すればいくら村長の命とはいえ無償でやるには私に利益がなさすぎるわ。」
「なら、どれくらい払えばいいんだ? 言い値を出そう。」
「ニードルウルフ50匹でどうかしら? 前払いで。それに加えて治療が成功すれば追加で50匹。」
俺は下を向く。笑いが止まらなかった。勝った。俺は思った。ゴライヤは俺に対して、それを絶対に用意出来ないと思い申し訳なさそうな表情をしているのがわかった。
「おばさん! いくらなんでもそれは酷いですよ! そんなの払えるわけないじゃないですか!」
「そんなこと言われたって仕方ないじゃないの! こっちだって生きていくためにはこうするしかないのよ。この子を治療して、それが首領にバレて今よりも酷い待遇になった時にしばらくやっていけるだけの糧が必要になるのは当然じゃない!」
クレボヤンスとゴライヤが言い争っているのがが俺の耳に入ってくる。
「なるほどな。」
俺が口を開くと二人は途端に言い争いを辞める。
「なら、ニードルウルフを百、出そう。今から出すが、ここはまずいよな? 急いでニードルウルフが出せる場所へ案内してくれ。」
「出すですって......!?」
俺の衝撃の発言にゴライヤとクレボヤンスはしばらく固まったまま動けなくなるのだった。