第131話 リスベスト病
「ああ、何とか死ぬ前には助け出せたようだ。」
俺はジークハルトが来たことで、自分の中に渦巻いていた怒りを押し込める。とてもじゃないがこの感情を剥き出しにしたまま話せるような状態ではなかったからだ。
チサの簡易ステータスウインドゥを表示して体力を確認する。今のチサがどのような状態か把握しておく必要があったのだ。残念ながら、今の俺たちは脱獄したばかりであり、チサの状態によってはリザードマンから治療に使えるものを強奪することだって考えなければならなかった。
名前:首長竜チサ(人間形態)
lv:198
体力:11/200
総合:S
良かったまだ11あるなら何とか......。俺は今すぐにチサが死ぬようなことはなさそうで安心する。
「酷い傷でごわす。ジンの相棒はこんなにも幼い少女だったでごわすか......! それにこの臭いは糞尿か? こんな小さな少女にリザードマンの野郎どもは一体何を考えているんだ! こんなことをして許されるとでも思っているのでごわすか!!?」
ジークハルトは俺に抱えられたチサを見るなり、憤り鍛え上げられた右腕を振り上げると、怒りのままに、近くにあったベッドを叩き潰す。
俺はそんなジークハルトを見て少しだけ、心の奥底で渦巻く闇が消えたような気がした。ああ、俺と同じ思いを抱いているやつがいるってこんなにもありがたいことなんだなって。
俺はチサを傷付けられて抑え込むのに必死だった感情が少しだけ冷めて冷静になる。
「ありがとう。ジークハルト。お前が怒ってくれたおかげで、少し気が楽になったよ。」
俺が礼を言ったことで、怒りのやり場を無くし、ジークハルトは俺がなぜそんなことを言ったのか理解が追いつかないような顔をする。
俺はそんなジークハルトへ向けて少し笑みを浮かべた瞬間、俺は生きた心地もしないほどに血の気が引いていくのを感じた。
「おい! ジン! どうしたでごわす? 急に顔を青くして。そこの少女......チサに何かあったでごわすか!」
急変した俺の雰囲気に重大さを感じ取ったのか、ジークハルトが俺へと駆け寄ってくるが俺にはそれに返事をする余裕など全くに近いレベルで無かった。
名前:首長竜チサ(人間形態)
lv:198
体力:10/200
総合:S
「減っている......! チサの......チサの体力が減っているんだ......。」
俺はこれまで経験したこともない程に取り乱していた。何故ならチサはこれまで眠っている間に体力が落ちていくなんてことはなかったのだから。俺の心には不安が渦巻く。このままチサは目覚めなくてもう二度とチサの言葉が聞けなくなるのではないかと。そんな最悪の想像が頭の中を駆け巡る。
「ジン! しっかりするんだ。おいどんが思うにこれは病気であろうな。チサの首元を見るでごわす! まだら模様が浮き上がっているのがわかるか?」
そうジークハルトに言われるままにチサの首筋を見てみれば、その首筋には緑と黒のまだら模様が浮き上がっていた。
「ああ、たしかに。これがチサの体力が回復しない理由か? どんな病気だ? どうやったら治るんだ? 俺は何ができる? ーーー?」
「待て待て! ジン、落ち着くでごわす。おいどんだって知っていることは少ないでごわす。なんせ、このまだら模様は本で少し読んだ程度でごわすから。」
「構わない。どんな些細な情報でもいいから教えてくれ!! 頼む。」
俺は必死だった。今となっては俺の中でなによりも大切になったチサともう二度と会えなくなるなど考えただけでも寒気が、体から震えが止まらなくなるほどだったのだから。
「これは、千年前、この大陸で流行ったリスベスト病の症状によく似ている。今よりもずっと不衛生な環境で大陸全土に広がった病でごわす。子どもや年寄り又は、怪我人が長時間不衛生な環境に居ると感染する病で現在ではほとんどかかる者はいないでごわす。」
「それで! どうすればいいんだ!?」
俺は焦る。こうして話す数瞬の時間だって惜しかった。
「すまないでごわす。おいどんはこのくらいしか分からないでごわす。だが、オーガの集落でなら、治療法に詳しい医者がいるでごわす。」
「わかった。急いでここを抜けよー。」
「おい! そこに居るのは誰だ!!? 侵入者か? 何故ベットが! 檻が壊れているんだ!」
俺がそう言おうとした瞬間に、俺たちのものではない驚きの声が響く。俺は反射的に、チサを揺らさないように、地面をひと蹴りして、一瞬でリザードマンの兵との距離を詰める。
そしてリザードマンの目前で飛び上がり反応する間もない程一瞬で首を切り落とす。
「ジークハルト! どうやら長居しすぎたみたいだ。今の声でリザードマンがここへ集まってくるまでに急いで離れるぞ!」
チサを抱えた俺とジークハルトは動き出す。目の前の首と胴体が永遠に分かたれた可哀想なリザードマンを踏み越えて、元来た道を引き返す。途中リザードマンとすれ違うが、俺たちは完全に無視して通路を駆け抜け階段を飛び降りる。
勿論誰も俺たちには気付かない。ジークハルトのように俺の気配遮断を見破ることが出来る者などまずいないのだから。
俺は殆ど本気に近い速度で行動していた。ここで言う本気に近いというのは、意識のないチサに衝撃や負担がかからない様に気を使っていたからだ。
それでもジークハルトはついてくるのに精一杯で今にも倒れそうだったが、俺にそんなことを気にしている余裕は無かった。
こうして扉の破壊、通路の走破、階段からの飛び降りを5回ほど繰り返し、ついに俺たちは外へ出る事に成功する。
この後、内部のリザードマンたちが、ジンとチサとジークハルトの脱走を許した事に気付いたのは、ジンが至る所にかけた気配遮断が解けた三時間後のことだったー。