第130話 救出には成功するも
俺はまた慣れない階段を駆け上がる。一度勢いが止まると一段一段が高すぎて上るのに苦労するからだ。
そして階段を上り詰めた先にはやはり門があった。
「ジン! この先にいるでごわすか?」
「ああ、この先で間違いない。チサはこのフロアに居るー。」
俺は遂にチサの反応が上手くは言えないが上ではなく、自分と同じ高さにあるのを感じ取る。だが、いつもなら俺が近付けば何かしら反応があるのに、チサはピクリとも動いていなかった。
「だが、不味いな。恐らくだが、チサはかなり衰弱している。急いで助けるぞ。」
「だが、この扉はどうするでごわすか? 流石にここに出入りする看守が都合良くは来ないでごわす。」
「決まっている。切り崩すだけだ。だが、しばらくバレないように気配遮断をかけて切る。」
「黒影切」
俺はそう言うや否や黒影切を呼び出す。扉が開かないのなら切れば良い。扉が開くのを待ってからの方が、バレないという意味では良かったが、ここまで近付いて反応が無いチサを放っておくことはできない。
一刻も早く助けねば......!
「黒・ジー。」
「待て! ジン。」
「なんだ? ジークハルト。何故止める?俺は急いでいるんだ。」
俺は技を放とうとした瞬間に止められた怒りでジークハルトを睨む。くだらない用件だったら許さないぞ。
「急いでいるのはおいどんも同じでごわす。ジン、折角やるのなら効率の悪いことはするべきではなか。今からおいどんの気配察知を最大にしてジンに共有するから、それに沿って技を使え。チサの正確な居場所も教えるでごわす。」
「なるほどな。気配察知はそんなこともできるのか。急ぎで頼む。」
「わかってもらえてなによりでごわす。」
「平面探知」
その瞬間、俺の視界が変わる。頭の中にはこのフロアの詳細な地図が浮かび上がり、俺の視界を遮るような障害物は任意で透視できるようになっていく。
「ジン! 共有はおいどんの負担がかなり大きいでごわす。3分で決着をつけられるか?」
「これだけ見えれば十分だ。ありがとう。なら改めていくぞ。」
「黒・ジン」
俺は黒影切を扉の内側のリザードマンに当たらないように調整してジークハルトが通れる程度の穴を空ける。気配遮断もかけた為、扉が破られたにも関わらず、見張りをしていたリザードマンに気付かれることもなく俺たちは走り出す。俺はジークハルトに一言告げると全力でチサの檻へと走り抜ける。ジークハルトも遅くはないのだが、やはり俺の全力についてこられるほどに素早くは無かったのだから。
それを察してくれたのだろう。一時的ではあれど、この技能によるマッピングはとても有難かった。
「チサ待ってろよ......! 今行くからな。」
そう呟き、俺は入口を抜けてから、迷路のようなフロアを右へ左へジークハルトのマッピングと俺が感じるチサの気配とを組み合わせて駆け抜ける。
こうして俺は一つの牢の前にたどり着く。
「すまない......。すまない......。」
俺は目の前の牢を見て、気付けば涙が流れていた。正確には牢の床に倒れ伏す、小さな小さな少女を見て。
「今......今助けるからな。」
俺の声は俺でさえもよく分からない黒く制御できない程の闇を伴って震え出す。
「黒・ジン」
俺は檻を切り崩しチサへと駆け寄る。
その姿は見るからに辛いものだった。何故なら、身体中に傷があり、その傷の全てに、雑に焼かれたような痕が残っており、チサの体全体に二十程のダークマターがついていた。更には左目には恐らくリザードマンの爪によって切り裂かれたような傷跡がついていた。
それだけではない。
チサは、全身に、恐らくリザードマンのものであろう糞尿がかけられていた。
俺は目から流れ出る涙を止めることさえ出来ず、チサへと駆け寄る。
「追・ジン」
「追・ジン!」
「追・ジンンンンン!」
俺はチサの体についたダークマターを切り落としてゆく。ダークマターがついていた場所は青く鬱血していた。俺は全てのダークマターを外した後、俺自身が糞尿まみれになるのも厭わずチサを優しく抱きしめていた。本当は強く抱きしめたかったが、チサは全身傷だらけで、そうするわけにはいかなかった。
「チサ、よく......よく一人で頑張ったね。助けに来るのが遅くなってごめん......! 本当にごめん......!」
俺が来たのがわかったのだろうか。チサはゆっくりと右目だけを開く。
「ジン......、今の妾を抱きしめていては全身汚物まみれになるのじゃ。妻の立場からすればこんな状態で抱きしめてもらうのは申し訳ないのじゃ。」
そうは言いながらもチサの右目には涙が伝い、同時に嬉しそうな笑顔が浮かんでいた。
「馬鹿野郎! 何言ってんだよ。今更、その程度のことで俺が気にするわけないだろう? 一人で勝手に無理しやがって。こういうのは不死身の俺の仕事だろうが。」
「そうは......言うがのう。ずっと気絶しておった......ジン、お主が悪いのじゃ。とはいえ、妻としてジンが受けるはずじゃった痛みを肩代わりできただけでも良しとするかのう。」
俺はチサを抱きしめながら涙が止まらなかった。チサは勿論俺を抱きしめ返すことなんてできない。なんせ、全身の至る所の骨が折れて目のやり場もないほどに痛々しい傷が残っていた。傷の止血はしてあったが、焼かれた影響か、褐色に変色していた。
「こんな時まで強がるなよ。あとは任せろ。もう絶対にチサを傷つけさせたりしないから、安心して眠ってくれ。」
「すまぬの。ジン。やはり妾の目は狂いは無かったようじゃ。こんな姿になっても大事にしてくれるのじゃからな。妾はもう限界じゃ。後は任せたぞ。旦......那......様。」
そういうとチサは、俺の腕の内側で寝息をたてはじめる。それと同時に、チサの首元から何かが落ちる。
「ん......? なんだ?」
俺はそれを拾い上げる。ペンダントだった。ボロボロに崩れてはいたが、見覚えのある。そう、森の大陸で武器屋の老婆が譲ってくれた流水のペンダントだった。
「そうか、まさかここまでチサを護ってくれたとはな。ありがとう。」
俺はそう言うとチサの首元から落ちたペンダントだったものを丁寧に拾い集めストレージに収納する。
その時、俺の後ろから、一人の男の声が聞こえて来る。
「ジン! 間に合ったでごわすか!?」
その声の到来とともに、俺は、この監獄の脱出準備に取りかかるのだった。