第126話 チサの窮状①
それから半日が過ぎーーチサは、光さえ差すことのない独房で目をさます。チサの視線の先には、おぼえのない灰色の天井が映る。
「ここは......どこじゃ? やけに体が重くて苦しいのじゃ。」
チサは起きあがろうとするも起き上がることさえ出来ない。寝返りだってうつことはできなかった。それだけではなく、うまく呼吸さえできないありさまだった。
(一体どうなっておるのじゃ? もしや! 妾、捕まってしまったのかの!!?)
そう思ってチサは急いで、唯一動く首だけを持ち上げて周囲を見渡す。まずチサの目についたのは、チサが寝かされているベッドと、自身の全身に取りつけられたいくつもの黒い球体だった。
「くうう......! なるほどのう。どうやらこの球体一つ一つがかなりの重量を持つ重りというわけじゃな? はぁ......はぁ。胸の上に乗っておるもののせいで肺が潰されてまともに呼吸も出来ないのじゃ! はぁ......はぁ。」
チサは、全身につけられた黒い球体によって、大きく動きを制限される。言葉を口にするだけでもチサはまるで全力疾走した後のような疲労感に襲われる。
(どうやら、眠っている間につけられた拘束具のお陰で、全身にかなり影響が出ておる様じゃの。すでに手足の感覚が無いのじゃ。こうなるまで気付けんかったとは不覚じゃった。)
それもその筈だった。チサは、レベルが200近いこともあって、耐久力がある故にこの程度で済んでいるが、ダークマターは2つでチサとほぼ同等と言える程の重さを持っていた。それがチサの体に十数個付けられている。これだけでチサが置かれた現状はジンとは比べ物にならない程だった。
(うう......! ジンは下かの? つまり別のところに囚われているという訳じゃな? こんな場所早く脱して......!!! そうじゃ! 壊してしまえば良いのじゃ。)
「水竜天女の法衣」
チサは、ジンが近くにいないことは確認済みだったので、自身に取りつけられた黒い球体へと向けて、自身の技をぶつけることにする。
「水波・竜水樹」
空中で作り出した竜がチサにつけられた拘束具へと貫通する。だが......。
「はぁ......はぁ......どうじゃ? これで壊れ......! なんじゃと!!?」
チサは目の前の球体が壊れるどころか、傷一つついていないという衝撃に驚く。
(馬鹿な。そんな筈はないのじゃ。なら! これならばどうじゃ?)
「水波・震水竜」
今度は胸に乗っている球体に向けて別の技を放つ。チサの目の前に水滴が水面に落ちたかの様な波紋が広がり、それが黒い球体へと空間の歪みとなって襲いかかる。
「はぁ......! これなら......これなら......ッ!?」
チサは目の前の黒い球体は形こそ崩したものの技を打ち終わった数秒後には完全に元通りの球体へと戻っていた。
チサは一瞬絶望するも、即座に切り替える。
(まだじゃ......! きっとこの拘束具には何か仕掛けがあるはずじゃ。じゃが、この体勢のままでは、この部屋全体を見渡すこともできぬのじゃ! 万事休すかのう.....?)
そんなチサの耳に1人の男の声が響く。
「どうやら目覚めたようですね。このような歓迎となってしまい申し訳ありません。私は、リザードマンの首領のバリファント・マッケンリー・スプライト・ドルチェ・ヴェータ・アクトラス・ソルヴェータ・ソンと申します。以後お見知り置きを。」
「はぁ......はぁ......。大層な歓迎じゃの。妾のような少女にこれほど大量の重りをつけてくれるとは......のう。少し減らしてはくれぬか? このままでは死んでしまうのじゃ。」
「何を言っておられるのです? 仮にもこの大陸に上陸するほどの力の持ち主ですよ? 加減などしていられませんよ。それにダークマターを変形させるほどの技能を持つ少女の貴方にはそれでもまだ足りないと思っています。」
チサの願いをリザードマンの首領は、即座に却下し、それどころか増やすという可能性すら示唆し始める。
(くうう......!! とりつく島も無いということかの。これ以上増やされては本当にまずいのじゃ。まだ動かぬジンの様子も気になるところじゃが、今はこの場をなんとか切り抜けねばならぬのじゃ。)
チサは、一旦外れないダークマターとかいう拘束具の事は諦め、リザードマンの首領の機嫌を損ねない様に慎重に尋ねる。
「はぁ......はぁ......! 一体何が目的じゃ? 妾はそなたに害は加えておらぬと思うのじゃが。」
「ええ。直接的な害は加えられていません。ですが、今この時期にこの大陸へと来られたことがまずいのですよ。ですから、貴方には事が終わるまではここで大人しくしておいて頂くつもりです。」
「それはどういうことじゃ?」
「ふっ。そこまで話すほど私は優しくないですよ。まあ、貴方たちの素性については気になる部分はありますが、それはもう一人の方に聞くことにします。見たところ貴方には余裕がなさそうですしね。」
リザードマンの首領は拘束の重みに苦しむチサへと向けて満足げな笑みを浮かべる。そしてチサの近くまで歩いてくる。その大きさはチサの三倍......否、四倍はあり、ジンの監視についていたリザードマンよりも一回り大きかった。
チサにはもはや選択肢が残っていなかった。ここでリザードマンの首領をなんとしてでも説得してダークマターを外させる必要があった。
チサは元は首長竜であるために怪我が治るのは早かったが、このままダークマターが体にくっついたまま放置されれば、少しずつ体力が削られ、ダークマターの圧力で骨が折れ、動くことさえできなくなることは目に見えていた。
(ジン! すまぬのじゃ。この大陸の攻略が難しくなるかもしれぬが、許して欲しいのじゃ。必ずここを脱してジンを助けにいくからの。)
チサはリザードマンと敵対する覚悟を決める。数も勢力も未知で、ここでリザードマンの首領を名乗る男に危害を加えればもうリザードマンを味方につけることはできないだろう。
だが、チサにとっては話すらも聞いてもらえず、一方的に自分たちの事情だけで拘束してきたリザードマンを信用することはできなかった。例えこの大陸唯一の情報源だったとしてもー。
チサは近づいてきたリザードマンを拘束し、脅してでもダークマターを外させる覚悟を決める。
「水波・縛水竜!」
空中でとぐろを巻いた竜がリザードマンの首領へと向けて巻きついてゆく。
「ぬあ!!? なんだと!? なんだこれは!!」
リザードマンの首領は予期せぬうちに拘束されたことで先程までの余裕が崩れ、驚きと怒りの混じった声を発するのだった。