第125話 リザードマンの思惑
その頃チサはというと、ジンの居た階層の3つ上の、リザードマンの女性専用の牢へ入れられていた。ただ、そこに居るチサは見るからに傷だらけで目も当てられない程にボロボロだった。
どうしてこうなったのか。時は三日前、チサとジンがこの大陸へと上陸する少し前まで遡る―。
「馬鹿な! ここ千年一度だって明けた事のない外界が開けただと!?」
ここは、火山の大陸の東海岸沿いに位置するリザードマンが管理する地、リステルの中で一番高い砦の最上階。ここを本拠地とするリザードマンを統べる王は見張りのリザードマンからの報告に焦っていた。
「ハイ! 私も目を疑いましたが、ここから最寄りの海岸に向けて、急に大陸へ向けて巨大な黒竜が現れ、この大陸へと向けて高速で飛翔して来たのです。」
「黒竜だと!!?? 一体何が起こっているというんだ? 神の裁きでも起こるというのか!? くそっ! 折角オーガから奪った地をようやく平定し始めたところだというのに!」
「首領! 落ちついてください。もうその黒竜はいないのです!」
「黒竜がいない? どういうことだ? さっきこの大陸へ向けて高速で飛翔して来たと言ったではないか?」
「それが、この大陸へと上陸する直前で突然天へと舞い上がり、あの厚い積層雲の中へと消えていったのです。そしてその後、その黒竜を避けるかのように黒竜が通った場所の嵐が止み、風は凪ぎ、そしてあの積層雲すらも割れ、光が差したのです!」
首領と呼ばれるリザードマンはその報告に苦虫を噛み潰したような顔になる。その黒竜が何をしたかったのかは分からないが、あの嵐を平然と進み積層雲を切り開く力を持つ竜が飛来したということは、今までは、オーガの事だけ考えていれば良かった大陸に黒竜という新たな勢力が加わったも同然だった。
首領は頭を抱える。
「首領! 心中お察しするのですが、もう一つご報告が......。」
その言葉を聞いた時、首領は、報告に来た部下を大声で怒鳴りつけていた。
「なんだ! まだあるとでもいうのかああ! それが重要な案件じゃ無かったら許さんぞ!」
首領は、自分の代に変わった三十年前の戦いでようやくリザードマン族の悲願であったオーガ族との戦いに大勝し、戦利品として得た地の平定も今のところ上手くいっており、歴代の首領の中でも断トツと言っても過言ではない支持を集めていた。
このままオーガとの小競り合いを上手く制しておけば、自身の地位は安泰であったのに、急に自分の地位を揺るがしかねない大きな問題が舞い込んだのだ。それに加えてまだ報告があるというのだから不機嫌になるのも当然だった。
「ももも......申し訳ありません!!」
部下は首領の言葉に多分に含まれた怒りに当てられて思わず謝罪していた。だが、部下は伝えなければならなかった。
「で......ですが、先ほど報告した竜が飛来したことで出来た晴れ間を通って、どうやっているかは分かりませんが海の上を走りこの大陸へと侵入しようとする者がいるのです! 遠方鏡で確認したところ、我らとは違う種族であったことから、信じ難いですがおそらく異大陸から渡って来た者かと。」
首領の顔色はみるみる悪くなる。竜だけでも厄介なのに大陸渡りをするほどの実力者がこの大陸へと上陸しようとしている。首領は焦りと怒りと不安でオーバーヒートしそうになる頭を無理やり動かして目の前の部下へと指示を出す。
「次から次へと厄介ごとを! おい! 今出動可能で、かつ隠密行動と捕縛に長けた兵を全員海岸へ動員するんだ。」
「な......なぜ、隠密が必要なのでしょうか? 捕縛は分かりますが。」
「少し頭をひねればわかるだろう。いくら竜が通った後といえど間違いなく、時間が経てば元の嵐に戻るはずだ。この大陸に着くまでに沈んでくれればいいが、そうはいかないだろう。だが、あの嵐と火山弾を通過するということは当然疲弊するということだ。実力が分からない以上、下手に兵をぶつければ損耗させられるだけだ。いいか? 相手の隙をついて確実に捕らえるんだ。」
「は......はいいいいい!」
頭に血が上りやすいことや保身に走る欠点はあるものの、三千年にも及ぶ拮抗を続けたリザードマンとオーガの戦況をリザードマン優勢に持ち込んだ首領の指示は的確だった。
部下を見送った首領は急に持ち込まれた情報を整理してゆく。
(せめて、俺の代が終わってから来れば良かったものを! だが、来てしまったものは仕方がない。現状手の出しようがない黒竜はひとまず、棚上げするにしても、今この大陸へ上陸しようとする者をオーガに近付かせるわけにはいかん。それだけは絶対に阻止せねば。)
首領は、例の黒竜が、これからやってくるチサとジンという異種族が発動した合技だと知るよしもなかった。だが、首領の脳内では、これから上陸する異種族をオーガと接触させてはならないという警鐘が激しく鳴り響いていた。
ーー竜が現れたという報告から一時間後、先ほどとは別の男が首領の元へと駆け込んでくる。
「無事、異種族を確保することに成功しました! 両名あの嵐を越えるのに、魔力を使い果たしたのでしょう。上陸して間もなく気絶したためこちらの被害はゼロで拘束することに成功しました!」
「よし! よくやった!」
首領は部下からの報告にガッツポーズをする。ひとまずこれでオーガに抜け駆けされる危険性は限りなくゼロに近づいたのだから。
「ん? 両名だと? それはどういうことだ? 2人いるのか?」
「はい。どうやら信じられないことなのですが、あの嵐を超えたのは、我々の腰ほどまでの背丈の男と、我々の膝ほどの背丈しかない少女なのです。」
「そんなに小さいのにあの嵐を超えたというのか!!? これは普通の拘束だけではダメだ。ダークマターを用意せよ。更にその2人をなるべく距離を取った上で厳重に監禁するんだ。」
「ダークマターですか!? アレは重罪人のみにつける拘束具で、それに加えて、重さも相当なものですよ? それを罪も犯していない者に―。」
「何をぬるいことを言っているんだ!! 普通ならダークマターなど使う必要は無かった。だが、今は我らリザードマン三千年の悲願が掛かった大事な時期なのだぞ? そんな時に奴らが脱走してオーガと接触でもしてみろ! それで我らの優勢が失われたらお前は責任が取れるのか!」
「申し訳ありません! そこまでは考えが及んでいませんでした。即座に準備致します!」
「急げよ。奴らが醒めるまでに拘束を終わらせるんだ。ダークマターの装着個数は、最重罪人基準にせよ。」
「は! 仰せのままに。」
そう返事して一礼した部下は、急いで走り去ってゆく。
リザードマンの首領はそれを眺めながらも、何故か収まらない胸騒ぎに、いらだち、自身の目の前にある机を感情を吐き出すかのように叩き割るのだった。
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