第119話 チサの窮地
「鏡・ジン」
俺はさらに正面の鏡・ジンに加えて、自分の周囲に三枚の鏡・ジンを追加で発動する。どうやら一枚当たりの魔力消費は五十ずつだったようで、四枚展開すると俺の残っていた魔力はほとんど空になってしまう。
「ジン......? その技はどうしたのじゃ? 妾はそんな技、一度も見たことがなかったのじゃが。見たところ、今、ここで生み出したということかの?」
「ああ、本当は、黒・ジンにありったけ魔力を注ぎ込んで、放って、その黒・ジンの後ろをぴったりとついていくつもりだった。だが、それを発動する直前、集中力が最大に達した時、俺は黒影切と再び会ったんだ。そこで教えてもらった技がこれだ。さて、グズグズしてたら消えちまうからな。急ぐぞ。チサ。」
「うむ! よろしく頼むのじゃ!」
俺は走り出す。途中で俺とチサが嵐の中に作った道が無くなり、あたりが火山弾と、暴風雨と雷と、煮えたぎる海とで先ほどまでの俺ならどうしようもなく沈むだけだったであろう地獄へと変わってゆく。それでもペースを落とすことなく進んでゆく。なぜなら、俺とチサのまわりに展開した四枚の鏡・ジンがすべてを跳ね返してくれるのだから。
正面から降り注ぐ火山弾―。ポン!という軽快な音を鳴らして鏡・ジンの上をバウンドし、海の中へと落ちる。
上空から鋭く突き刺さるように降る雷も......ピシャア!これまた軽快な音を奏でて海へと跳ね返す。
大陸側から吹き付ける暴風だって、ヒュゴオオオ!風切り音だけを響かせ俺とチサには少しの風すらも通すことはなかった。
こうして、一時間に満たない時間を走り抜いた俺たちは遂に火山の大陸の陸地へとたどり着くことに成功する。
「よし! チサ! 無事に上陸できたぞ!」
「うむ。妾、ジンが立ち止まったときは死を覚悟したのじゃ。でも無事に着けて良かったのじゃ。しかし不思議なものじゃ―。」
俺はチサとともに喜びを分かち合い、火山の大陸で情報収集を始めるつもりだったが、急にチサの声が遠のいていくような感覚に襲われる。それと同時に全身に鉄のかたまりを詰め込まれたかのような、重みが俺の体を攻め立て始める!それは俺が立っていられなくなるほどだった。
「どう......のじゃ? ジ―! ―ッン! しっ......するのじゃ.......あああ―!!!。」
俺の異変にいち早く気付いたチサが俺の肩から飛び降りたのは分かった。だがそこまでだった。俺の視界は急激な明滅の後、黒く染まってゆくのだった......。
「ジンが倒れてしまったのじゃ......。」
チサは急に倒れたジンを前に途方に暮れていた。それもそのはずだろう。なんせチサはジンとともに放った合技と、大陸に上陸するまで発動し続けた水陣でほとんどの魔力を使い切っていた。そのおかげで、チサにはここから先何かが襲ってきたとき対処する余裕がなかった。当初の計画では上陸した後はジンが主体となって探索する予定だったのだから。上陸さえしてしまえば、ジンの不死身と自動回復でしのぎ、その間にチサが休むという目算まであった。だが、ジンは気絶してしまっていた。これまでどんな傷を負っても自分の意思以外で倒れたりしなかったジンという精神力のオバケがだ。
「......! 駄目じゃ。駄目じゃ。駄目じゃ! 妾が弱気になってどうするのじゃ。きっとジンの新技は使い慣れてないからか、それとももともと反動がある技なのかはわからぬが、妾をここまで守ってくれたのじゃ。己が主人も守れんで何が嫁じゃ! 妾は絶対にジンが目覚めるまで護り抜いてみせるのじゃ!」
チサはそう言って疲れた小さな小さな体を奮い立たせる。ここは、海と大陸の境目。今のチサにとっては運が良かったのだろう。大陸から一歩でも外に出れば、そこは地獄であるにもかかわらず、大陸の内部は恐ろしいほどに静かだった。分厚い雲と火山灰のおかげで太陽の光が差すことは無いものの、火山弾が大陸内に落ちることはなく、また雨風雷の類も上陸までのジンとチサの苦労がウソだったかのように発生することは無かった。
「しかし、どういうことじゃ? 妾としては、大陸内の天気が穏やかなのは助かるが、この不自然なまでの気象の変化は何か自然とは違う力が働いておるのは間違いないじゃろうな。とはいえ、食料はジンのストレージにすべて入っておるからのう。ジンがいつ目覚めるやも分からぬわけじゃし、妾は何か食べられるものを探さねばならぬのじゃ。」
チサは周囲を見渡す。何か食べられるものはないかと。
「ううむ。このあたりには火山弾と火山灰が固まってできた層しか無いのじゃ。これは、大陸の中に入るしかないかのう。ここなら、海側を警戒しなくてよい分、拠点としては申し分なかったんじゃがのう。仕方ない。今日はここで少し寝て、魔力を回復してから、大陸の内部の探索といこうかの。どのみち妾は魔力がなければジンを運ぶだけで両手が塞がってしまうからのう。」
こうして、チサは海岸の近くにある、数メートルほどの岩山の上にジンを寝かすとチサ自身もジンの隣で丸くなって眠る。チサは疲れているといえども、海辺でそのまま眠るほど野暮ではなかった。もしそのまま眠っていれば、満潮時に無防備な状態で、煮えたぎる海水をあびることになっていただろうから。
そんな二人を見守る集団がいた。チサが眠りについたのを確認した彼らは音もなくチサとジンへとしのび寄る。彼らが消えたとき、ジンとチサがいたはずの岩山の上には、誰もいなくなっていたのだった。