第115話 自然の要塞
俺はチサを肩に乗せてゆっくりとまだ遠目にしか見えない大陸へと向かって歩いていた。というのも、大陸側から俺たちへ向けて、まるで上陸を拒むかの様に暴風が吹き付けていたからだ。
「ぐうう......! チサ、これはなんとかできないか!!? 流石にこれだといつまで経っても大陸に辿り着けないぞっ!」
俺は堪らず叫ぶ。というのも叫びでもしないと風切音と豪雨で俺の肩に乗っているチサとだってまともに会話ができなかった。
「ジン。流石の妾でも無理なのじゃ! ジンに当たる豪雨を無効化はできてもこの風と雷はどうしようもないのじゃ!」
チサは今、チサの技の威力を高める、水竜天女の法衣を発動していた。普段なら、衣をまとい、頭にティアラを乗せたチサの可愛さにみとれるところではあるのだが、生憎そんな余裕は無かった。何故ならー。
「ジン! 来るのじゃ!」
「分かった! 影・ジン」
その瞬間、俺の放った斬撃と、巻き起こる雷が衝突し消え去る。
だが、俺が技を放ったことで一瞬力が抜けた体を、暴風は容赦なく近づいてきた大陸から押し返す。俺はチサが察知した雷をその都度、影・ジンで消滅させていたが、俺たちへ向かってくる雷が多すぎて、とてもではないがほとんど前へ進むことなどできていなかった。
「くそっ! これじゃいくら進んでも押し戻されちまう。チサの水陣と、海水は性質が違うみたいで、海に落ちた雷で感電することは無いが、直接俺たちに向かってくる雷か、暴風をなんとかしないとこれじゃ前に進めねぇ!」
「そうは言っても、これが今の妾たちの限界なのじゃ! これで進んでいくしかなかろうて。」
チサの本体で近付けば、大陸にもっと楽に辿りつけると思うかもしれないが、この大陸は近づくと噴火の影響で、チサが言うに、火山弾が飛び交う様になるという。流石にそんな中をチサに近付けというわけにはいかない。それにチサ本来の姿を見られて厄介ごとに巻き込まれるのも俺としては御免だった。
「チサ一旦引くぞ! このままじゃ火山弾が降ってくるところまで近づいた時、前に進めない。練り直そう。」
「分かったのじゃ! 妾も流石にこのままでは魔力が尽きてしまうからのう。仕切り直しといこうかの。」
結局俺たちは半日ほど格闘したもののほとんど近づくことすら出来ずに撤退することとなった。
一旦、大陸が遠目に見えるか否かといった場所まで戻るとチサに同一化を解除してもらい俺とチサは首長竜の胃の中へと戻って作戦会議を始める。
「これは思った以上にキツかったのう。」
「ああ、そうだな。まさかあそこまで大陸への上陸が難しいものだとは思ってもいなかった。」
「妾が熱気と豪雨を。ジンが雷への対処をすれば行けると思ったんじゃがのう......。やはり、海には他に高いものが無い故に妾たちへ雷が集中するのは想定外じゃったな。」
「そういうことだったのか。やけに俺たちへ雷が集まってくるとは思ったが......。」
俺はなんとなくだが、理解する。
空から落ちる雷は海に落ちるより、空に最も近い俺たちへと落ちると。
ん? それなら、俺たちがいなかったことにすればいけるんじゃないか?
「なあ、チサ、俺一ついい案が浮かんだんだ。」
「なんじゃ?」
「チサが水陣を。俺が、気配遮断をかけて進めば、暴風と豪雨は無理にしても、雷が来る頻度は減らせるんじゃないか?」
「なるほどのう! たしかに、雷だって妾たちの存在に気付かなければ海に落ちるしかないのじゃ! 試してみる価値はありそうじゃのう。」
「よし。なら、今日はここで1日休んで、それから再度火山の大陸へ向かおうか!」
俺はチサへと提案し、共に火山の大陸へ向かうことを確認し合う。火山弾はまだどんなものかはわからないが、飛んでくる場所まで着いてみないことには対策の練りようがなかった。
次の日ー。
首長竜の胃の中で休養を取った俺たちは、再度火山へ向かって歩みを進めていた。
「ジン! どうやら上手くいったようじゃの! 昨日は前に進めぬほど激しく襲ってきた雷が今日は嘘のように落ちて来ないのじゃ!」
「そうだな! 今のうちに行けるとこまで距離を稼ぐぞ!」
俺たちは快調に進んでいた。暴風が行く先をさえぎるものの、雷が無いが故に牛歩のような歩みではあったが少しずつ前へと進むことができていた。
だが、丸一日ほど経ったところで問題が発生する。俺は頑張れば1ヶ月くらいは徹夜しても大丈夫なのだが、チサはそうはいかなかった。
「すまぬのじゃ。ジン......! 妾、そろそろ限界なのじゃ。」
そういうや否やチサは疲れと睡眠の欲求には耐えられず、こっくりこっくりとチサの頭が揺れ始める。これは不味い! 非常に不味い!
チサが眠ると問題が発生する。そう、技能の解除によって俺とチサはこの灼熱の海へとダイブさせられることになってしまう。
チサが眠気と戦い始めてから、明らかにチサが水陣で作り出した道にも穴が空き始める。
......結局俺たちは、火山弾を拝むことさえなくスタート地点に戻ることになってしまった。今度はチサの活動時間の限界で。
なんの皮肉であろうか?
進むのに1日かけた道のりも、帰りはわずか3時間で戻れてしまったのには流石に苦笑するしかなかった......。