第114話 ジンを湯通し!
俺は宙を舞っていた。見える景色に存在するのは一面の海。ただしその海はいつも見る海というわけではなく煮えたぎる灼熱の海だった。
海面は沸騰しているのか泡立ち、大量の水蒸気を発していた。俺は吹き飛ばされつつもあたりを見渡す。
「おいおい......。これは地獄か? 俺、もしかして死んだんじゃないだろうな?」
冗談のつもりだったが、いざ口に出してみると俺はそれが自然のような気がしてくる。今まで何度も何度も何度も死に瀕していながらも死ななかったのは実は既に死んでいるからではないかと。
だが、そんな思考の時間にも終わりがやってくる。俺は煮えたぎる灼熱の海へとダイブしていた。そうか......これが茹でられる食材の気持ちー。
「あっちゃっちゃあああああああああ!」
そんなことを悠長に考えている余裕は無かった。俺は沸騰する海水の中に突然放り込まれたのだ。全身に熱が巡る。俺の体は火照るとか、火傷の域を越えて、全身が変色し始める。
「ぐあああああああああああああああ!」
俺は必死で暴れたりもがいたりするものの、広い海の上ではなす術がない。
こうして、茹でられ続けた俺は不意にその灼熱から解放される。
「だから言ったのじゃ! 覚悟しておけとな。それはともかく、ピチピチと跳ね回るジンは面白いのう。くふふっ!」
俺は先ほどまで一緒にいたチサの声を聞き、助けられたことを知る。俺は、湯通しされたことでズキズキと痛む......否、もはや感覚すらも失われた体をさすりながらも体を起こす。
「チサ......もう少し教えてくれても良かっただろう? 事前にあの気弾が来ることが分かっていたらやりようはあったのに。」
俺はチサに恨みがましく抗議の視線を送る。
「それはすまなかったのう。じゃが、妾はジンは知っておると思っておったのじゃ。急激な温度の変化がおこる場所では一時的に突風が発生することくらいはのう?」
「ぐ......。」
俺は言葉に詰まる。確かにチサは説明不足ではあったが事前に俺へと外が暖かいことや覚悟については言っていた。チサの体内は常に俺にとって快適な温度で調整されていた為、そこで発生する温度差について考えていなかった俺の落ち度であった。
だが、それでも俺はチサに恨みがましい視線を送らずにはいられなかった。頭では俺の知識不足が悪いとは分かっていた。それでも心の準備もなく茹でられたことにはやり場のない怒りがあった。
「妾が悪かったのじゃ。そうすねるでないぞ。そんな目をされては辛いのじゃ。妾が、直々に冷やしてやるからそれで許してはくれんかのう......?」
チサが機嫌を取ろうとしてくるが俺はそっぽを向く。俺は怒っているのだ! 俺がすねたことでチサが困っている顔が可愛いとかそんなことは断じて無い!無いったら無いからな。
そう思いながらも俺はチサの看病は甘んじて受け入れる。俺は技能の不死身と自動回復のお陰で放っておいても数時間もあれば全快するのだが、チサの看病を断る理由など存在しなかった。
「っつぅぅぅ......!」
チサの生み出す冷水が俺の全身の火傷に染みる。
「ジン......。大丈夫かの? 妾にはこれくらいしかできぬからのう。」
先ほどまで跳ね回る俺をみて笑っていたチサも俺がすねてしまったことで焦ったのだろう。気付けば俺はチサに膝枕をされていた。
ここまでされては俺もすね続けるわけにもいかない。傷が少しずつ和らいできたのをきっかけに、チサへと新しい大陸について聞くことにする。
「なあ、これは一体どういうことなんだ? 煮えたぎる灼熱の海、桶をひっくり返したかのような豪雨、止まることを知らない落雷、そして吹き荒れる暴風。ここが、本当に同じ世界なのか目を疑うレベルなんだが。」
「それはのう、どうやらここにある大陸が原因の様なのじゃ。」
「大陸が? それまたどうして?」
「うむ。実はの、ここにある大陸は一つの火山を中心に形成されておる様なのじゃが、この火山が恐ろしいことに常に噴火と灼熱の溶岩を周囲に撒き散らしておるのじゃ。お陰で海が常に煮えたぎり、そこで発生した水蒸気で巨大な積乱雲が発生し、それに伴って気圧の差が生まれて落雷や暴風も発生するというわけじゃ。」
「それはまた......。ところでなぜチサはここにいて平気なんだ? 首長竜はずっとこの海の中にいたわけだしな。やっと少しずつ慣れてきたが海上だって酷い暑さと湿度だぞ。」
「妾は体の表面を水陣でコーティングしておるからのう。それにこれだけ湿度が高ければ、暑さなど屁みたいなもんなのじゃ。」
チサは胸を張る。俺は内心羨ましかった。慣れてきたとはいえ、この暑さは流石に居るだけで体力を容赦なく奪っていく。俺は本当にこれから遠目に見える地獄の様な環境の火山の大陸でやっていけるのか不安で仕方がなかった。
「なんじゃ? ジン。もしや妾が羨ましいのかの? 不死身で、極寒の中でも半裸でいられる様な男がまさか暑さに弱いとはのう。しょうがないの。水陣。」
俺の体の表面を流れる様にチサが発生させた薄い水流が覆ってゆく。その瞬間、俺を襲っていた暑さが嘘の様に引いていったのだ。
「ありがとう。チサ。だが、こんな便利なことが出来るなら外に出る前に使って欲しかったよ......。」
「まあ、そう言うでない。妾とて考えが及ばぬこともあるのじゃ。」
チサはそう言うと首長竜を消す準備に移り始める。
「では、ジン。今度こそ覚悟は良いかの? 今から大陸に上陸するのじゃが、近付けば火山弾や落雷が、上陸を拒む様に襲ってくるのじゃ。流石の妾も、この荒れ狂う海では水陣で道を作るので精一杯なのじゃ。ガードは任せても良いかの?」
「勿論だ! 俺だけ何もしないわけにはいかないからな。」
「ふふっ。その息じゃ! では参るぞ。」
そう言うとチサは俺の肩に飛び乗り、周囲には、、首長竜が消えたことによって巻き起こる光の粒子がキラキラと虹色のコントラストを奏でる。
「同一化」
チサの言葉とともに首長竜の本体は小さなチサの体の中へと収束してゆく。
そしてそれが終わった時、俺は、煮えたぎる海の上に立っていた。チサの水陣で作られた道のおかげである。
「さて、いくぞ! チサ。火山の大陸へ。」
「うむ! こちらはいつでも準備はできておる!」
こうして俺は走りだす。煮えたぎる海と怒り狂ったかの様な天気の中を。新たな冒険へと心躍らせながらも......。