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第112話 チサの罠

「なあ、チサ、次はどの方角へ向かう?」


 岩の大陸を出てから昨日までの3日間、岩の大陸での緊張感から解放されのほほんと海を漂っていただけの俺はそろそろ次の大陸へと向かってもよいかと思い、チサに提案する。なにせ俺はチサの本体である首長竜に乗せて貰っている立場なのだから。


「妾はどこでも良いがのう。じゃが、雪は見飽きたからのう。暖かい方へ行きたいのじゃ。」


「となると南に行くのか? だが、それだと森の大陸へ逆戻りじゃないか?」


「ふむ。ならば南西か南東へ進むのはどうじゃ?」


「確かにそれなら森の大陸にぶつからずに次の大陸を目指せそうだな! 南西か南東か......。なら南西はどうだ? なんだかそっちの方へ行くのがいい気がするんだ。」


「ふむ。勘か。ではそれでいくとしようかの! 特に参考になるようなものもないしのう。それにジンはかなりの戦いをこなしておるから勘も馬鹿にできんものがあるしの。」


 そこまで大層なもんじゃないと思うんだけどなあ......。と俺は思うも、頷くに留める。なんせ海図や地図なんかも無いので、チサの方向感覚に任せるしかなかったからだ。


 そうと決まれば早かった。チサは本体の進行方向を転換し、海の中へと潜ってゆく。なぜ潜るかって?それはチサ曰く、潜った方が、楽に速く動けるんだそうだ。俺みたいなほぼ沈むだけしか能が無い男には理解できない話だった。森の大陸に着く前の猛練習で一応ある程度は泳げるようになっているのだがー。



 さて、深海に潜れば、何があるか? そう――地獄の特訓の時間だ......。俺はこの移動時間では地獄を見ることが確定していた。初めてチサと会ったとき(俺はチサを知らなかったが)一方的に3年間、首長竜が食べたモンスターと戦わされ続けた。森の大陸に上陸する前、俺と話せるようになったチサによる泳ぎの特訓があった。森の大陸から岩の大陸に行くまでの間は色々時間を潰せることがあったので大丈夫だったが、嫌な予感がしてならなかった。


「ふふっ。ジンよ。どうしたのじゃ? そんな渋い顔をして?」


「いえ、なんでもありません。」


「そうか。それならよいのじゃが......。あ、そういえばー。」


 俺は嫌な予感がしたので即座に逃げの姿勢に入る。いくら俺を強くするためとはいえあの地獄の再来は絶対に避けねばならなかった。


「気配遮断」


 俺は気配を消して、チサの食道へと向かって全力で駆ける!よくよく考えてみてくれ。チサの本体である首長竜はレベル100を超えるようなモンスターも平気で丸呑みするのだ。それを消化するのがどこか?考えたらこれから俺がどうなるかは想像がつくはずだ。俺は必死で逃げる。たとえ逃げ切るのが無駄だとわかっていたとしても。たとえ首長竜の口の外が深海だったとしても......。


 だが、俺の動きは遅すぎた。俺がチサの巨大な胃を駆け抜け、食道の入り口のすんでのところまで来たとき、食道と胃を分ける入り口が閉ざされてしまっていた。


「くそっ! 遅かったか!」


 俺は即座に思考を切り替える。ならば、背中の首長竜の貯水タンクからなら逃げられるのでは?思いつくや否や走り出す。だが、そこもまた同様に閉じられていた......。


「ジン、妾から逃げるとは酷いのじゃ。悪い子にはお仕置きをせねばならんのう。ふっ。ジンは妾の本体の体内にいる限りは、妾から逃れる術など無いというのに。往生際の悪い奴じゃ。」


 俺の頭の中にチサの声が響いてくる。俺は必死になって逃げ道を探して走り回るも見つからない。そしてタイムリミットが来る。そう、首長竜の胃壁から、一気に胃酸が湧き出てきたのだ。俺に残された逃げ道はなく、やがて、胃酸の海へと沈んでゆく。


 ピギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!


 チサの胃の中に俺の断末魔が虚しく響き渡るのだった。


 その後首長竜の胃酸でしゃぶしゃぶにされ、逃げる意思を完膚なきまでに叩きつぶされ気配遮断を解除した俺は、チサの前に引きずりだされる。


「ジン、何か後ろめたいことでもあるのかの?」


「ない......です。」


「なら、妾の質問にも逃げずに答えてくれるかの?」


 俺は胃酸の引いた胃壁にもたれかかり、ドロドロのスライムのようになった体を技能:自動回復で再生させながら「はい。」頷きながら言う。否、そう言うしかなかった。


「ジン、そういえば、お主、レベル200になって、領域とやらを習得したようじゃが、あれはどういうものなのかの? 妾は、レベル200になるまでもうしばらくかかりそうじゃから、教えてはくれぬか?」


 あれ?そんなことでいいのか?俺はあの時嫌な予感がしたのは間違いだったかと思いなおす。


「ああ、領域は発動したら、魔力を200消費して、黒い闇でできた領域に覆われるんだ。その闇の中であれば、敵味方問わず、すべての攻撃が命中するようになる。」


「ふむ。なるほどのう。そういえば――ジンが依然話してくれたフウゲツという女は、領域を使いこなしていたように思えたのじゃが、ジンには出来ないのかの?」


 俺はドロドロに溶けた体に凍えるような感覚が襲ってくるのを感じる。だが、俺に抵抗する余地は残されていなかった。


「はい。無理です。」


「ふふっ。これからどうすべきか分かっておるの?」


 目の前にいるチサは、俺が、いつもなら、いつもなら、思わず頭をなでてしまうような笑みを浮かべていた。だが、俺にはこの笑みが地獄の門で待ち受ける悪魔のようにしか見えなかった。

 こうして俺は、今までで最も壮絶な特訓を行わされることとなるのだったー。

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