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第110話 新たなる旅立ちへ

 俺は少し後悔していた。

 これほどの人数を一気に倒し切ったことに。

 黒いモヤのおかげか倒れる人々が凍傷を負うことはなかったものの、倒れて動けない人々はモンスターや肉食動物たちの格好の的となる。始めのうちは異常だった集団を警戒して近づくことはなかったのだが、いくら時間が経っても動かないとあれば話は別だった。

 結果として俺はそのあと周囲のモンスターの駆除に駆け巡る羽目になった。そもそもの話として俺以外に倒れ伏す一つの都市丸ごとといっても過言ではないほどの人をカバーできる者はいなかったのだから。この時の蹂躙のおかげでこの時から数年の間、マキラ領とデウス領の間の街道に人を襲うモンスターはいなくなったのだとか。


 結局全ての人々がデウス領に収容されるまで二日にわたって俺は寝ずに狩りを続けることとなる。



 アルによって引き起こされた内紛を終わらせてから3日が過ぎた後の朝。


「ここはどこだ?」


 俺は眠気から脱し切れていない頭で辺りを見回していた。岩石をくりぬいて作ったであろう灰色の無機質な天井と、ベッド。いくら見渡してもこの場所へ自分の足でたどり着いた記憶が無いのだ。

 記憶はないはずなのだが......俺の胸元にはいつもと変わらぬチサが俺に身を寄せて眠っていた。

 俺はひとまず状況を整理するために記憶を(さかのぼ)る。


 だがいくら考えても、俺には大量に倒れ伏す人々を2日間不眠不休で護衛し終えた後の記憶が無かった。それ故に俺はあの後倒れて、それを誰かがここまで運んでくれたのだという結論に至る。


「ジン? 起きていたのかの?」


「ああ、チサおはよう。どうやら俺は迷惑かけたみたいだな。」


「おはようなのじゃ。迷惑なんて言ったら、警邏隊の者たちやデウス領の民たちに怒られるぞ? なんせ今回の戦いの一番の功労者はジンなのじゃから。ジンは倒れるまでデウス領の民のために動き続けたんじゃ。倒れたからと言って誰も責める者はおるまいて。」


「そうか。」


 俺は少し顔が熱くなったのを隠すかのようにそっけない返事を返す。チサもそれに気づいているのだろう。これ以上この話に踏み込んでくるようなことはなかった。


「のう、ジンよ。目が覚めたのなら、外へ出ては見ぬか? 皆、ジンが目覚めぬのではないかと心配しておる。それにこの戦いを終結させた英雄様に礼を言いたくてウズウズしておるのじゃ。昨日は大変だったのじゃぞ? ジンの隣で世話をする権利を確保するのがの。」


 チサはさも当然であるかのように言うが、俺はようやく冷めてきたはずの顔面が沸騰しそうなほどに熱くなってゆくのを感じる。なぜそんな言葉を平然と言えるんだ?と思ったら俺の表情を見てチサも赤くなっていた。きっと俺のために一生懸命だったんだなと思うと胸の内にこみあげてくるものがあった。


 そんな空気にいたたまれないようなくすぐったいような気持になった俺は部屋を出る。

 そんな俺の肩にはかなり久々にチサが座ってくる。その肩から伝わる感覚に俺はなんだか久々に平穏が戻ってきたような気がした。闘技大会本戦以来か。チサがここに座るのも。だが、部屋を出た瞬間に俺は驚きで思わず転びそうになる。


「なっ......!!?」


「ジンはこれを見るのが初めてじゃったの。伝えるのを忘れていたのじゃ。」


 俺の目の前いや、部屋を出てすぐの通路には中央に人がギリギリ一人通れるかといった間をあけて、両側の壁にもたれかかるように、黒いモヤのとれた人々が眠っていた。俺はチサに案内されながら、現在この領地を纏めているジドンの元へと向かってゆく。その道すがら、人がいない場所など皆無に等しかった。


「改めてこれを見るとすごいな。これだけの人がこの領へ攻め込んでいたのだと思うと。」


 そもそもデウス領自体が、巨大な岩石をくり抜いてひとつの領として形成している都合、人が集まることのできる広場の類がかなり少なかった。超大型の宿泊施設の集合体といえばわかりやすいかもしれない。そんな場所に普段の数倍もの人を無理やり収容しているのだ。こうなるのも仕方ないと思った。むしろ俺とチサに個室を用意してもらっただけ感謝しようとも思えた。


「ここじゃ。」


 チサは言う。俺はノックすると中から「入ってくれ。」という声がしたので部屋へと入る。部屋の中は俺のいた部屋とかわり映えしないものだった。道中で聞くところによると、領主の執務室はそれなりの広さがあったので、今もなお眠っている者たちのために開放しているのだそうだ。


「おお、ジン起きたのか。昨日はチサがー。」


 その瞬間、ジドンの首筋に小さな水竜がとぐろを巻くように巻き付く。


「ジドン、それ以上言えばどうなるか分かっておるな?」


「はい! 申し訳ありませんでしたッ!」


 俺はチサとジドンのやり取りに気になる部分はあったがそれ以上に驚くことがあった。その場にはジドンの他に馬面のベガ、アルの側近だった老執事のエルス、マキラ領の第一治安部隊隊長のリリエットがいた。つまり、次代の各地の領主候補が一堂に会していたのだ。


「ずいぶん、豪勢な面々だな? というか、お前らみんな操られていたんじゃないのか?」


「そうだな。私たちは不覚にも敵に操られ、あまつさえ、この大陸の民同士での潰しあいに加わってしまった。自分の弱さに、マキラ領の治安維持部隊のトップに上り詰めたことで満足していた自分に反吐が出る思いです。」


「リリエット様、自分を責めているばかりでは前に進めませんぞ。待っていたジンとチサも来たのです。これからについて話しましょう。」


 リリエットはエルスの言葉に「ああ、そうだな」と同意すると言葉を紡ぐ。


「フッ......。まさかあの時の大陸へ突然入ってきた二人がこの大陸の救世主となるとはナッ。知らなかったヨッ。この私よりここまで強い者が居るということもナッ。ん? どうしたジンッ? 浮かない顔しテッ。」


「どうやらジン様はアル様の最後に関して思うことがあったのではありませんか? 話せることだけで良いですから教えていただけますか?」


 俺は、話すかどうか迷いはしたが、アルが不正を働いたことから、アルが領主という地位に対して持っていた不満について話したことを伝える。だが、それ以上に俺の気持ちには陰りがあった。

 アルの抱えていた思いに気づけなかったこと、そして大陸を巻き込んだ大事件に発展させてしまったことで。


「なるほど。アル様はそんな風に思っておられたのですね。これはある意味私が悪かったのかもしれません。アル様は幼いころ両親を亡くしたにも関わらずその寂しさを巧みに覆い隠し、誰にも見せることはなかった。内面に溜まったその不満に私でさえ踏み込むことはできなかった。きっと遅かれ早かれこうなっていたでしょう。」


 エルスは目に涙を浮かべていた。エルスにとってアルは長年付き添った孫のような存在でもあったのだろうから。自分で教え、いついかなる時もアルの傍に仕えてきたエルスの心中は推し量ることもはばかられるそんな風に俺は思った。


「さて、こうなってくると、そもそもこの大陸の統治制度から変えていく必要があるかもしれないな。」


 ジドンの言葉に皆が無言の沈黙を返す。内心では複雑なものがあったが、もう二度とアルのような加害者を否、ある意味被害者とも言える存在を生み出すわけにはいかないのだから。

 そしてこの会議でこれまでの領主制が廃止されることが決まった。そして新たなこの大陸の全体の名を『フォー・ラーゲル』から、『アルジレスト』と改めるとも。今回の騒動の原因であったアルの考案した都市の名ではあったため、批判は集まりそうではあったが、この事件を繰り返さぬための教訓として押し切ると決定した。


「なあ、ジン。ここにいる人々から感謝の声や是非ジンに会いたいという声が止まないのだがどうすればいい?」


 会議の終わった後でジドンにそんなことを聞かれる。だが、俺の答えは決まっていた。


「必要ない。すべて断っておいてくれ。俺は明日にでもこの大陸を出ようと思っている。俺にはやらなきゃいけないことがあるからな。」


「ジンッ! もう行くのカッ? 仕方なイッ。なら、一つ受け取っていくんダッ。まだだっただろウッ。闘技大会の優勝報酬を貰うのハッ。」


「ベガよ。それはいくら何でも無理があると思うぞ。アレはこの大陸の領主が3人揃って初めて授けることができる称号なのだからな。」


「なら、一時的に私の称号をジンに譲ろうではないカッ。私はまたもらいなおせばよいだけなのだからナッ。それに今回の報酬でここにとどまらぬジンに金を渡しても意味が無いだろウッ?」


 俺はありがたくもらっておくことにする。いずれ戦うことになるであろうゲチスに対抗するにはどれだけ力をもっていても足りないのだから。


 こうして新たな称号を貰った俺は次の日、ジドンから食料を分けてもらってチサと二人、来た場所とは真逆の場所にある崖に立っていた。


「なあ、チサ俺は一つ心に決めたことがあるんだ。」


「なんじゃ? 急に改まって。」


 俺の心臓はひっくり返るほど激しく鼓動を刻み続けていた。体全体が熱くなる。辺りは一面雪の白一色であるにも関わらず俺は全身が真夏の太陽に照り付けられていると錯覚するほどには熱く、熱く、熱しているように感じられた。

 そんな自分を落ち着けるように深く深く凍てつくような空気を吸い込む。


「チサ、ずっとずっと俺の傍にいてほしい。俺はやっと気づいたんだ。チサがいなきゃ何もできないことに。チサが支えてくれていないと俺は自分を見失ってしまうことに。だからー。」


 俺が言葉を紡ぎきる前に、チサは俺の胸元に飛び込んで来ていた。その顔には満面の笑みと涙が浮かんでいた。


「やっと......。やっとじゃ。ジン、やっと妾と同じ気持ちになったのじゃな!??」


 俺は感極まった様子のチサを目の前に抱き下ろすとチサの前に跪く。そうしてお互いの右手小指につけられた番の指輪を外し左手の薬指へと嵌めなおしながら言う。


「ああ、ここまで長く待たせてしまった。今すぐ式をってわけにはいかないけれど......チサ、俺と結婚してください。これから何があろうとも俺がチサを護り抜くから。」


「......こちらこそ、こちらこそよろしくお願いするのじゃ。ジンが妾を護るのなら妾はジンを護るのじゃ。」


 二人は大陸を後にする。次なる大陸へと向かうために。そんな二人の左手に付けられた指輪は、二人の行く末を深緑色の光で優しく包み込んでいたー。


 ~第三章降り積もりし悲愴と新たなる覚悟編~


 完.

読者の皆様、1年間お疲れ様でした!

それと同時に良いお年を迎えられることを願っています。

ジンとチサの冒険はここで第三章完結となります。ここまで読んでくださった皆様ありがとうございます。

新年は、第三章の用語・人物紹介を書いてそれから第四章へと入っていくことになるかと思います。

まだまだ荒削りな部分の多い作品ではありますが、これからもよろしくお願いしますm(__)m


20/12/31


申し訳ありません。活動報告でも書かせて頂きましたが、今キリが良いので、これを機に推敲作業も同時進行で行いたいと思います。ですので、投稿再開は、21/1/3予定でよろしくお願いしますm(__)m


21/1/1追記

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