第106話 儚きアルとの決着
「馬鹿な! それは本当か!!??」
岩石の色合いの地味さを覆い隠す程の色鮮やかな調度品が置かれた部屋に怒声が響き渡る。
そこには2人の男がいた。
「はい。本日付けで我が商社の社員計400名ほどが一斉に辞表を提出したそうです。更に深刻なのが、我が社における現状唯一の黒字部門だった、販売部門に属する社員が全員辞表を出したということです。」
「なんだと? 今奴らに抜けられるのは不味い! なんとかできなかったのか? 販売部門といえば、初代の息子だったよな? 奴は父の会社を再興させると息巻いていたのではなかったのか???」
「それがどうも厳しいようで......。アル様は、現在の重役が全員引退しない限りは戻る気は無いと。それにすでに新たな商社を名乗っているようでー。」
「もういい! まだあの小僧は10か11だろう? その若さで我々の後ろ盾無しに何ができるというんだ。だが、奴は無能ではない。求心力もある。今のうちに潰してやろうではないか。」
男は笑っていた。だが、彼は知らない。このアル潰しが、この商社の息の根を止める結果になることなど―。
アルは独立してから、新たに社長となって企業することとなる。アルの手腕は凄まじいものがあった。彼は敢えて前の会社の時の取引先とは契約せず、新規取引先を開拓していった。この時、アルの会社を支えていたのは、副社長に就任したエルス、そして下働きから経理に抜擢されたギュジットだった。このアル、エルス、ギュジットを核とした商社の成長は凄まじいものだった。
だが、それを黙ってみているほど、古巣は無能ではなかった。彼らはマキラ領内で一斉にダンピングを始めたのである。そう。公正な取引をせず、赤字覚悟で圧倒的低価格で商品を売りアル達を貶める作戦に出たのだ。
だが、彼らは気付いていなかった。アルが張り巡らせた巨大な罠に。
「ギュジット。どうやら貴方が言うように、彼らは罠にかかってくれたようですよ? マキラ領内各地で大安売りを始めたようです。」
「ハァハァ。やはりそう来ましたか。やはり彼らは愚かです。ダンピングのはらむ危険性を全く持って分かっていないのですから。ハァハァ。」
実はこの時、アルはマキラを拠点としていなかった。社員の半数をマキラ領に残してはいたし、各地に用意した小売店にも配属していた。だが、実際には幹部や店長クラスの有能な人物達は、バアル領(後のアル領)と、セネト領(後のデウス領)で現地の人を雇って本格的に商売を始める準備をしていたのだ。
つまり、アルはギュジットの進言を受け、ダンピングが始まれば、マキラ領での販売を緩め、バアル・セネト領で取引を始める。ダンピングが始まらなければ、そのままマキラ領内で商売をするという手法を取っていたのだ。
いくら、アルの父が作り上げた会社といえど、これだけ赤字が続いていれば、マキラ領内以外での商売にまで手を出す程の力は残されていなかった。結果としてダンピングで赤字だけを大幅に計上したアルの父の会社はそれが致命傷となり倒産する。それに代わるようにアルはマキラ領内の取引先を全て掌握。更にそれを足がかりに大陸一の商人となったのであった。この時アルは12歳という若さだった。
それから4年の月日が流れ、その有能さから、アルは領主へと抜擢されることとなる。この大陸史上最年少かつ、唯一武力無しで領主の座に座ることとなったのだった。
こうして時は過ぎ、今、変貌したアルがジンを抑えつけながら語っていた。
「この大陸の制度というのも理不尽なものです。わずか16だった私を領主の座へと座らせたのですから。それ以来、ただひたすら領地の為に人生全てを捧げたというのに! たった一度の不正で人々からーーこの座を追われる! その恐怖が! 怒りが! 貴方にわかりますか!?」
俺はアルの話を聞いた。地面に押しつけられながら黙って聞いていた。アルは寂しい奴だと思った。小さい頃に両親を失い、父の会社を再興させようとしたら邪魔され、それを押し除けたら、その手腕を評価され終身領主にされる。
ある意味アルはこの大陸の被害者だと思った。小さい頃からアルには一瞬たりとも自由が無い事を俺は可哀想だと思ってしまった。
「おや? 私の話に涙してくれるのですか? ですが、今更もう遅いんですよ! 何もかも! 私を蔑ろにする奴なんてみんな滅びて、私に支配されるままに生きていけばいいんです! 支配されない者など皆もれなく死んで頂きます!」
アルを可哀想だと思った俺は涙を流していたらしい。だがそんな俺を悲痛な顔で見たアルは全力で蹴り飛ばしていた。
「ぐっ......。」
俺は宙を舞う。建物を破壊しながら吹き飛ばされる中で、俺の頭の中にある声が流れる。
「レベルが200になりました。」
「称号【到達者4】を獲得。レベル上限が解放されステータスの更なる成長が可能になりました。更に、新たな技能枠が解放されます。」
「技能:領域を習得しました。」
俺は吹き飛ばされながらも笑う。この時俺はアルから離れたお陰だろうか。それともレベルが上がったお陰だからだろうか。話せるようになっていることに気付く。
「領域か。確かフウゲツが使っていたアレだよな。俺のはどんな風なのが出るんだろうな。」
俺は期待に胸が膨らむ反面、不安もあった。フウゲツの場合は領域内に居る自分以外の者の魔力消費が1万倍になるとかいう物だった。だが俺も同じであるとは限らない。もしかすれば発動に何かリスクがあるのかもしれないが、やってみなければ分からないこともある。それに何故か俺はアルに手も足も出ない状態なのだ。結局発動することにする。
「領域」
その瞬間、俺の体から魔力がゴッソリと抜かれるのがわかった。その量、200。俺は領域を発動した瞬間に体が止まる。そして再びシステムの声が流れる。
「領域を発動しました。領域は領域内にあるコアを破壊すると消滅します。なお、コアを破壊すると、その領域発動に消費した魔力に応じた追加効果が発動します。この領域にいる間、空間がねじ曲げられ、全ての攻撃が必ず対象に命中します。」
俺の周囲が月光をも遮る暗闇に覆われてゆく。気付けば、俺を中心に、マキラ領の半分ほどが闇に包まれていた。
「なるほどな。ノーガードってわけか。これほど俺に優位な能力は無いな。俺は不死身で何度だって被弾できるんだから。」
俺は漸く見えた勝ち筋を現実のものとするため吹き飛ばされた方向にまっすぐ戻ってゆく。すると、俺の異変に気付いたアルもまた蛾のような見た目の翅をはためかせてこちらへと向かってきていた。
「どうやら漸く、私の威圧から抜け出したようですね。しかもまだ隠し球があったとは。ですが遅すぎましたね。その傷で何が出来ると!」
アルが俺へ向かって超高速で飛翔してくる。
「黒影切」
俺はこの戦いで初めて愛刀の名を呼ぶ。俺の両手には黒影切が握られていた。アルが領域に入る。
「はああああああ!影・ジン。」
俺は渾身の力を込めた一撃をアルに向かって放つ。だが距離がありすぎる。アルはその斬撃を易々と躱していた。
「残念でしたね!!! この闇がなんなのかは知りませんが、そんな遅い攻撃何発撃ったって......て? え?」
その瞬間、アルの体は避けた筈の俺の影・ジンによって上下に真っ二つに切り分けられ、下半身が地面に落下していた。
アルと俺の間に大量の粉が舞い始める。その粉は、飛べなくなったことで地面に落下するアルを包み込み、その衝撃を緩和するかのように淡く光ながら散ってゆく。
そして、その場には、俺の出す暗闇に包まれたもう二度と動くことのない変わり果てたアルが横たわっていた。
ダンピング・・・本来の価格よりも大幅に値を下げることで、正常な取引を妨げること。
今回少し増量してお届けしましたm(__)m




