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第105話 アルの過去②

「嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! だって今日帰って来るって、楽しみに......!うっ、うう。」


 アルは玄関で力無くへたり込む。アルは大声をあげる訳ではなく静かに。ただ静かに泣き続けた。アルは7歳だ。普通の7歳であれば大声をあげて泣くことだって、もしかすれば行き場のない悲しみから、暴走していたかもしれない。


 だが、アルは違った。彼は、小さい頃から、父と一緒にいる為、全ての時間を勉強に費やしていた。良い商人である為には周囲の機微に敏感でなければならないことが最低限必要であることも。


 だからアルは声を上げるわけでもなく、暴れるわけでもなかったのだ。


「ねぇ。エルス、お父様は、なんで死んでしまったのですか?」


 エルスは驚く。自分だって混乱と悲しみでどうしたら良いかわからないのに目の前のアルは泣き止んで立ち上がっていたのだ。


「アル様......。お父様はどうやら飢えたクマの群れによって襲われた様なのです。普段はそんなことはないのですが、今年は一年通じて天気が悪く食べ物が足りなかったのでしょう。」


「お父様に護衛は、付いていなかったのですか?」


「護衛もろともやられてしまった様なので。応援を呼びに来た者に応じて、助けにいった時にはもう...。お父様を襲ったクマは討ったそうですが、その時にはお父様は原形も残していなかったそうです。」


「そうですか。お父様の後役は決まっていますか?」


「今はそれどころでは......! まさか? アル様が後を継ぐのですか!!??」


「はい。そのまさかです。僕が、僕がこの大陸一の商人になるんです! 無念のうちに殺されてしまったお父様が、僕は会ったことないけど、お母様も! 死後の世界で俺の息子は、こんなに凄いんだぞと誇れる様に。」


「アル様......! このエルス、感動しました。まだそのお年なのに、貴方はどこまで私を驚かせてくださるのですか...!」


「エルス。これからは僕がこのロックバレー家を背負って立つ男になるよ。これからもついて来ていただけますか?」


「ええ、不肖エルス、アル様にこの命尽きるまでお仕えさせて頂きます!」


 この後、はじめは、多くの残った重役たちは反対されていた。こんな年端もいかぬ子共に指揮が()れる筈が無いと。だが、重役たちは大いに揉めた。誰がトップに立つかで。

 そんなくだらないやり取りに時間を割いて足の引っ張り合いをしていた重役たちを尻目にアルは着実に現場で実績を積んでいった。


 創生3435年、アルは11歳になっていた。アルは、この年齢では恐ろしい程の有能さを遺憾なく発揮し販売部門の責任者の立場にいた。


「アル様! 寒大豆の仕入れなのですが―。」


「ああ、今年は全体的に天気が良かったよね。来年を見越して、多めに仕入れを。」


「アル様! 新たに雇った雪獅子狩猟班が早速狩りを成功させた様です。」


「よし。これで仲介料なしで雪獅子の肉が売れるね。定期的に狩猟を頼む。ただし、頭数が減ってくると不味いから、その辺り逐一報告する様に。」


「アル様! 今年の衣類の流行なのですが―。」


「ああ、それは―。」


 アルが絶えずやって来る報告に対して指示を出しているところに血相を変えたエルスが駆け込んできたのだ。アルが出世したことにより、エルスはアルの専属の秘書となっていた。


「どうしました? エルス。その表情を見る限り良くないことが起こった様ですね。時間をとります。申し訳ないが、報告に関して本当に急を要するもの以外は、後で改めてもらえるかい?」


 アルはそう言って部下たちの報告を早めに切り上げると、その部屋はエルスとアルだけが残される。


「エルス、何があったんだい? エルスには僕に変わって重役会議に出てもらってた筈だけど。」


 通常、エルスの様な秘書の立場の者が会議に出るのはあり得なかった。だが、アルは子どもであり、いくら有能であろうとも体は一つ。それにアルの方がエルスよりも商売の流れを見る目に長けていた。結果として、エルスはアルの代わりに重役会議へ。アルは現場指揮に落ち着いていた。


「アル様! 経営側の重役達の横領と資産運用の失敗で今季もまた、アル様の販売部門以外が大赤字を出した様なのです。横領に関しては隠している部分もある様ですが、決算報告書を見る限り不自然な支出が多すぎる為、調べれば即座に証拠が出るでしょう。」


 アルの父親が死んだ後、重役たちはしばらく誰がトップに立つかで揉めた。だがいつまでも揉めているわけにもいかず、結果として組織のトップが年度毎に交代制となった。

 それからはズブズブだった。重役は現在8人いるのだが、現在4人目まで全員が赤字だった。トップになれば豪遊できるとでも思っていたのだろう。

 事実、年を経る毎に働く者達の給金も大口の取引もアルの父が指揮を取っていたより減っていた。それによって赤字が膨らむ負のスパイラルに陥りつつあった。


「エルス。そろそろ頃合いだと思いますか?」


「ええ。このままですとこの商社は泥船でしょう。アル様の再三の諫言(かんげん)にも応じなかった以上、このままズブズブと沈んでいくだけかと。」


「分かりました。では計画を実行に移しましょうか。お父様の会社を再興できれば良かったのですが、この会社のシステムだとどうしようと重役たちを引きずり下ろすことはできませんしね。」


「はい。では準備を始めさせて頂きます。手始めにこの販売部門の独立からでよろしいですか?」


「ええ、エルス。内密によろしくお願いします。この会社で販売部門以外の有能な者たちはここにリストアップしておいたので、そちらにも少しずつ声をかけておいてください。」


「かしこまりました。」


 こうして、この会社を見限ったアルによる商社を揺るがす革命が幕を開けるのであった。





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