第104話 アルの過去①
「ぐ......、ガハッ。」
俺はアルのいる場所から数百m離れた位置で血を吐いていた。体が軋む。視界が歪む。体中から急速に血が失われてゆく。そう、この感覚はなす術もなくやられた、フウゲツとの戦いに似ていた。
(あの時も、俺は気配遮断をほぼ無効化されて一方的にやられたっけなあ。)
俺は、朦朧としつつも脳内で、思考を繰り返してゆく。だが、威圧によって動かない体と、どんな力を使ったのかは分からないが、無効化された気配遮断。俺は逆転の方法が見つからなかった。
俺を見下ろす位置までアルは羽ばたいてやってくる。
「どうですか? 一度は地に落とした私から見下される気持ちは。貴方はもう虫の息、どんなにしぶとかろうと私の力から逃れることはできないのです。」
「ぐああああああああ......!」
俺はまたもアルに触れられていないにも関わらず、見えない何かで傷口を抉られる。俺は悲鳴を上げ、襲いくる痛みを必死に耐える。俺は不死身故に死ぬことは無いが、痛めつけられれば、回復するまでに動きは鈍るし、ダメージをうければ抵抗すらもできなくなる。その間に拘束でもされようものならいくら不死身だろうと行動不能にすることは容易いのだ。
「ふふふ! いいですねぇ。貴方の苦悶に浮かぶ表情! こんな姿にならなければならなかった私の心を晴れやかにしてくれるようですよ! でもまだ! まだ! まだ! 足りないんですよおおおおお!」
俺はズタズタに引き裂かれ傷口を集中的に抉られ、ついに体力が1になる。不死身であるからこそ、0にはならないが、攻撃の手が緩められない限り抵抗の一つも出来なかった。
まあ、元々威圧のせいで動くことも話すこともできないのだが。
「しぶといですねぇ。常人なら、何百回死んでるかわかりませんよ。ですが、まあいいでしょう。ジンとチサには確実に死んで頂きますが、ここで一つ私のお話でも聞かせてあげましょう。その間に貴方が犯した過ちをその身に焼き付けるのですよ?」
俺は頼んでもいないことではあったが、ここで時間が稼げるのなら、願ったりだ。俺はこの程度の相手に負けるわけにはいかないのだから。
そんな俺の様子を満足げに眺めながら、アルは話し出す―。
創生3427年、この年、アルは3歳を迎えていた。
「アル! お誕生日おめでとう!」
「アル様、お誕生日おめでとうございます。」
そこは、大陸有数の豪商の家系だった。家の大きさとしては、領主の館には一歩及ばなかったが、現在のギュジットの屋敷よりも大きな家だった。
「ありがとう! お父様! エルス!」
その場には、後にアルの執事となるエルスと、アルの父親である、イルド・ロックバレーが居た。この大陸では、大仰に祝う誕生日といえば、生後の死のリスクが下がことと物心つく年という意味で3歳、成人まで半分という意味で7歳、そして成人となる14歳だった。
「アルも3歳になったことだ。エルス、アルに読み書きの指導を頼めるか?将来、このロックバレー家を背負って立つ男にならねばならん!」
「旦那様かしこまりました。アル様専属の使用人として全力を尽くさせていただきます。」
「当然だ。他に代わりはおらんわけではないが、私が最も愛した妻から生まれた者はアルだけ故にな。エルス、失敗は許さんぞ?」
「ははっ。」
「ねぇ? お父様は、僕に教えてくれないの?」
「すまんな。アル。お父様は、やらなければならないことが多くてな。この誕生パーティーが終わったらすぐにでも次の仕事へ向かわねばならんのだ。」
「分かりました! お仕事頑張ってください!」
アルは聞き分けのいい子供だった。父の言うことに文句や子どもならではの我が儘を言うこともなく、ましてや寂しいなどとは間違っても口にすることはなかった。
「アル様、お父様に喜んで頂けるようにお勉強頑張りましょうね。」
「ねぇエルス。」
「なんですか?」
「僕がお勉強頑張ったら、お父様と一緒にお仕事できるかな?」
「ええ。必ず。」
「そっか! なら僕頑張るよ! この大陸で誰も及ばないくらいうんっと賢くなってお父様と一緒にお仕事をするんだ!」
この時のアルは、父と一緒に過ごす為にエルスとともに普通の子どもならば逃げ出してもおかしくないほどの勉強をこなしてゆく。
その壮絶さたるや、ご飯とお風呂と寝る時間以外を全て勉強に当てていたと言っても過言ではなかった。
エルスも、アルの健気さに心打たれたのもあって、いつ倒れてもおかしくはないと言えるような勢いでアルにつきっきりで指導した。
時は流れ、創生3431年、アルが7歳となる年である。この時のアルは、この四年のあり得ない程苛烈な勉強地獄とも言える日々を過ごしたお陰で成人までに必要な知識を全て習得し終えていた。
そしてアルは7歳の誕生日を迎える。
この日アルは4年ぶりに父と会える事になっていた。アルの父は普段、この大陸で最も栄えている都市マキラで商売をしていた為、ずっと会うことができていなかったのだ。
勿論木版を使った手紙のやり取りはしていたのだが。
アルはこの日を楽しみにしていた。実はアル、この大陸の成人になる為の証である基本学校卒業認定証と、取引許可証、更には官吏登用許可証という7歳で取れるはずもない数々の証書を父に見せ、遂に物心ついた時からの夢であった父と共に働くという夢を実現させようとしていた。
だが、現実はそんなアルにとってあまりにも残酷な報せをこの日届けることとなる。
「アル様ァァァァァァ! 旦那様が......旦那様が......。うう。」
アル父を迎えにいっていた筈のエルスが顔を涙で濡らしながら、アルの部屋へと駆け込んでくる。
「どうしたんですか? エルス! お父様に何かあったのですか!」
アルはこれまで見たことのないエルスの悲痛な泣き顔に心の奥底からざわめきが湧き上がる。
「旦那様が......。旦那様が、亡くなりました。」
その言葉をエルスが発した時アルは全力で耳を塞いでいた。そんな筈は無いと自分に言い聞かせるかのように―。
日付変更前ギリギリになっちゃいました。
ごめんなさい〜
20/12/27