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第103話 醜悪な巨大蛾

 俺は分身を通してそんなチサをずっと見ていた。俺は今、デウスを出てマキラへ向かって全力で走っていた。

 もうすぐ、俺の気配遮断の技能の射程からチサのいる場所が外れるので、分身を消す。


「そうか、チサ、俺に心配させないためにそこまで......。」


 俺は言葉が詰まる。チサは俺がこれ以上自分を責めなくてもいい様に、俺に説明する時、腕を隠していたのだ。

 俺はそんなチサの気遣いに胸が熱くなる。

 辺りの景色が俺の隣を高速で通り抜けてゆく。

 俺の顔に当たる空気の壁、俺の顔面に涙が貼りついて離れない。

 俺は一つ心に決める。


(この戦いが終わったらチサにプロポーズしよう。)


 今まで俺はチサの見た目やチサがモンスターであることに、見た目が幼女であることに(かこつ)けて引き伸ばしてきたが、ここまで俺のことを想ってくれる人が果たしてこの先現れるだろうか?

 俺がつらい時、いつもそばで支えてくれていたチサに俺が返してやれることを考えた時、俺の腹は決まっていた。遅すぎたかもしれないけど。


 この時、ジンの右手の小指の番の指輪が淡い緑の光を放ったのだが、ジンが気付く事は無かった。


 どれほど走っただろうか? 

 気付けば俺の涙は枯れ、顔は涙が渇いたせいなのか、薄い膜がくっついているかの様な変な感じがした。

 俺は辺りを見渡す。といっても辺りはずっと雪景色と雪の積もった樹々が立ち並ぶ街道なのだが。


 そんな俺の前方に、街道を埋め尽くし、それでも通りきれず街道をはみ出して雪の上や樹々の間を通り、大量の人が群れを為して歩いてくるのが目に入る。俺は立ち止まって目を凝らす。

 その歩みこそ速いものではなかった。だが彼らには確かに黒いモヤがまとわりついていた。


(どうやら、ゲチスが操っていた奴らとは根本的に性質が違う様だな。奴らの場合、元になる生き物は必ず殺すからな。)


 俺は改めて俺の大陸にいた奴らとは違うことに安堵しながらも一つ、知りたいことができた。ここで纏わりついているこの黒いモヤは、もしかすると奴らと何か関連性があるのではないかと。

 そう考えた俺はこれから対峙するであろう、アルにその事を尋ねることを決める。

 俺は気配遮断を使いながら街道から逸れてゆく。雪と樹々のせいで進みづらいが、流石に街道を突っ切るような真似はできなかった。あの数の人間の中を不殺で突破することなど不可能なのだから。


 その後迂回に迂回を重ね操られた見張り達の目を欺き、俺がマキラ領へと入り込めたのは、次の日の昼を回っていた。

 外には大量の操られた人々がいたにもかかわらず、内部は恐ろしく静かで、人の気配は全くと言っても過言ではない程に無かった。


「マキラ領に来たはいいが、アルはどこにいるんだ? 安易に分身を出せないところが痛いな。」


 俺の分身は、偵察、追撃、身代わりなど使い道が多い。だが、その分魔力を消費させられるのだ。一体作りだすたびに魔力が3減るし、あまり遠くへ出しすぎると気配遮断の維持にだって魔力が必要になってくる。

 俺は3体ほどの分身を出した時、ある異変に気付く。


「あれ? 魔力消費が2になってる?」


 俺は何故減ったのか、皆目検討もつかなかった。何せ、分身は、技能:気配遮断を派生させて作り出した技であり、魔力消費を減らす為には気配遮断そのもののレベルが上がっている必要があった。だが気配遮断のレベルは上がっていない。


 俺は狐につままれた様な気持ちになりつつ分身を追加で2体作り出しマキラ領へと放つ。


 俺はアルがいそうな場所をくまなく探してゆく。ただ、マキラ領は広い。アル領の倍、デウス領と比べれば数倍の広さがあった。


 宿や領主の館、闘技場にとどまらず全ての家を確認した。だが、アルの気配は無い。既に空は赤らみ綺麗な夕暮れの空が見えていた。


 俺は思い悩む。


「一体どういうことだ? 何故アルがいないんだ―。」


「何故って? ジン。それは君よりも私の方が圧倒的に強いからさ。」


「ッ!!??」


 俺の背後に急に現れた気配と声に驚き俺はその場を飛び退く。


 「そう驚かないでくださいよ。まあ、この力が恐ろしいのはわかりますけどね。試しに全ての分身を撒かせて貰ったよ。お陰で私は自信を持てましたよ。貴方に勝てるとね。」


 俺に話しかけてきた存在は、もはや人型というそれではなかった。大きさは俺の倍ほど。顔は人間の様であったが、目は複眼、背中には蛾のような模様のついた黒紫色の頭身よりも巨大な二対の(はね)を音もなく羽ばたかせ、頭からは触角の代わりにも見える歪曲した角、体はあったが、下へ行くほど尖り、最も下の部分はすぼんでいた。


「何故俺の名前を知っている? お前の様な見た目の虫、見たことも聞いたこともないぞ?」


「これはこれは。どうやら私の力が巨大すぎて気付けもしませんでしたか。では思い出させてあげましょう。私の元の体の技能を使って。」


「威圧」


 俺は体全体に恐ろしいほどの圧力を感じその場に埋め込まれるのではないかと言うほどの圧力を感じる。その瞬間、俺は巨大な蛾に向かって首を垂れていた。動こうとするも、全く体に力が入らない。


(ぐっ......!? くそっ。体に力が全く入らない。そもそも何故気配遮断が見破られているんだ? とにかくやばい。このまま攻撃を受けても死ぬことはないだろうが、ダメージがデカすぎると反撃出来なくなる。)


 俺は焦る。いち早くこの体をどうにかしてこの技能を克服する方法を考えねばならない。そんな俺に巨大な蛾が話しかけてくる。


「私の名前は判りましたか? おや? どうやらこの場所から逃れるために必死ですか?? ふふふ......ふはははははは! こんな日を迎えることができるとは。私、感激で言葉も無いです。嬉しいなあ。あのジンが! 私の一挙一動に恐怖し! 何とかしようと見下ろすこの瞬間が!!」


 その瞬間、目の前にいるのは巨大とはいえ手も足もない蛾なのにも関わらず、俺は見えない何かに蹴り飛ばされる。


「ぐあっ......!」


 俺の肋骨が折れた感覚を感じながらも、近くの石でできた民家に叩きつけられる。それによって砕けた家が俺へと降り注ぐ。


「ふふふ。ジン、貴方はこんなものではないでしょう? さあ、格の差をこれでもかというほどに見せて、貴方に判らせてあげましょう!(なぶ)って、(なぶ)って、命乞いをさせてあげましょう。あの時貴方に味わわされた惨めさを十分にその体に刻んで、一生従順なペットとして飼い殺しにしてあげましょう。」


 目の前の蛾は俺へと襲いかかる。相変わらず体に力の入らない俺は再び何なのかさえ判らない打撃によって吹き飛ばされるのだった。





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