第98話 デウス・フォー・ラーゲル
「デウス、良くやったよ。」
「ありがとうございます。マキラ様。あれは俺の技能でしか出来ませんでしたからね。」
闘技大会の会場には、アルによって操り人形と化してしまった虚な観衆と、3人の領主だけがいた。とはいうもののそのうちの1人は人型であって人とは明らかに離れた存在だったが。
「やってくれましたね。マキラ! デウス!」
アルの顔は先ほどまでとは打って変わり、怒りで恐ろしいほどに歪み切っていた。
それもそのはずだろう。アルはここで自分にとって弊害になると思っていた二人を狙い通り共倒れさせたのにもかかわらず、マキラとデウスの予想外の妨害で仕留める一歩手前で逃げられてしまったのだから。
「貴方達は空気を読んで大人しくしていれば良かった。私の邪魔をしなければ、同じ領主の情けで、殺さずに高待遇で使ってあげようと思っていたのに!」
「ふん! アル、あんた思い上がりも良いところだよ。あたし達を使おうだなんて。」
「そうだ。例え死んでも俺はお前の下には付かねえ。この大陸の領主としてここでお前を討たせてもらおう。」
デウスとマキラは、構える。
マキラは、自身の技能で作り出したと思われる闘技会場全体が見渡せるほどの光を放つ杖をその手に。
デウスは、ただでさえ背が高い彼と同程度の長さはあろうかという刃が鋸状となった大刀を地面に突き刺す。
「私が思い上がり? ここまで長大な力を得た私が思い上がりの筈がないでしょう。ここでこの私に挑むことの愚かさを! その身を以て味わいながら死ぬのが貴方達にはお似合いです!」
「暗黒の爪」
アルは天高く左腕をかざすとその腕にはマキラが照らす光を吸い込み、アルの周囲が暗闇に覆われたかと思うほどの凶々しく巨大な漆黒の爪がアルの左腕に現れる。
「さあ! 少しは手加減してあげます。私のこの怒りをぶつけるには貴方達に直ぐに死んで貰うわけにはいきませんから。アハッ、ハハハッハハハア!」
闘技場に響き渡るアルの笑い声は、闘技場全体に恐怖と絶望を振りまいていた。そんなアルへ、この大陸を背負いし二人の領主はその命をかけて、挑みかかるのだった。
その頃、ジンとチサは、闘技会場から必死に距離を取っていた。今二人は、マキラ領を出て、アルとは逆方向にあるデウスへと向かっていた。
俺たちが会場を出た後、マキラ領の人々は皆が既にアルによって掌握されていた。
皆が死んだような目をして周囲を彷徨っている光景は流石に気味が悪かった。
俺は迷う。
(ここはもうダメだ。恐らくエルスやギュジットももう駄目だろうな。となると何処へ逃げるか。アル領へ? それともデウス領か? いっそのことこの大陸を諦めて逃げるのだって......。)
「ジン! デウス領に向かうんだ!」
俺の頭の中に再び俺の知る声が聞こえてくる。
「俺の街、デウス・フォー・ラーゲルは俺の技能:念力でマーキングしてある。そこから伝わってくる信号がまだ途絶えていないということは、アルによって落とされていないということだ。念を飛ばしてジンとチサを迎える様に言っておいた。お前の足なら1日もかからず着くはずだ。アルは出来る限り足止めするからお前は、俺の領地で休んで、体調を万全にするんだ。」
「アル領はダメなのか?」
「やめておいた方がいいだろうな。アルの能力には俺たちを掌握できなかったことから、何か制限があるのだろう。それにデウス領はアル領よりも離れている。休む時間を稼ぐにはうってつけだろう?」
「わかった。俺たちはデウス領へ向かわせてもらう!」
そんなわけで俺はチサを背中で眠らせ必死で、デウスへと向かう街道を走っていたのだ。こちらは流石に距離が長いだけあって、アル・マキラ領間とは違って、ユキグマや、獅子?のようなモンスターがいたが全て黒影切で切り飛ばしていく。
勿論切り飛ばした瞬間にインベントリに収納するのも忘れない。
本音を言えば気配遮断を使っているから、迂回しても良かったのだが、その時間さえも俺には惜しかった。
こうして、俺は夜通し街道という名の雪道を走り抜け、あたりがほのかに明らんで来た時、デウス領が見えてくる。
「おお! あれがデウス領か。アル領とマキラ領はパッと見ただけじゃ違いが分からんがデウス領だけは違うのが目に見えて分かるな。たしかにあれなら外部からの干渉には強そうだ。」
デウス領は遠目から見ただけでマキラ領よりも、アル領よりも小さいのは分かった。だが、驚くべきではそこではない。
なんとデウス領は超巨大という言葉では言い表せない程には巨大な一個の岩石をくり抜いて要塞化した都市だったのだ。
俺はデウスにある唯一の門へと向かう。
そして門の近くまで来た時気配遮断を解除する。
突然現れた俺に向かって門兵は驚いていたが、事前に聞いてはいたのだろう。
即座に確認にやってくる。
「お前たちがジンとチサで間違いないか?」
「ああ。」
俺はそう言うと俺とチサのステータスウィンドゥの名前の部分を見せる。
「確認した。領主様から話は聞いている。中で担当の者に案内させるから、そこで休むといい。」
「助かる。」
俺とチサは、簡単に入領手続きだけを済ませ、巨大な岩石の中へと入ってゆく。
入ってみて驚いたのだが、その空間は外となんら変わら明るさがあった。
驚いている俺たちに、先ほど、の門兵が声をかけてくる。
「宿へ案内する。色々驚くのは分かるが、説明を聞く時間があるのならまずは休むべきだ。領主様からの連絡でお前達を最優先で休ませるよう通達が来ているんだ。」
「ああ、すまないな。よろしく頼むよ。」
こうして俺たちは、一つの部屋に案内される。その間にも少しずつ外の明るさに合わせて通路も明るくなっていった。
いくつか階段を上り、広場と思える空間と縦長の通路を抜けた後、居住空間と思われる一定間隔ごとに扉が設置された通路へとやってくる。
「ここだ。この都市にいる間はこの部屋を好きに使ってもらって構わない。鍵は渡しておく。出来る限り無くさない様に頼む。」
「ありがとう。助かった。」
「問題ない。これが仕事だからな。」
結局門兵は俺と本当に必要なことのみ話して去ってゆく。俺も魔力がかなり減って疲れているのもあって、部屋に入ると、部屋の間取りを確認することもなく目の前にあったベッドにチサを寝かせ、俺もその隣で横になると眠りに落ちるのだった。