勝利のために
駒池のディフェンスは変わらずゾーンのままだ。
むしろ前よりも中を固めている。土居を警戒しているは誰が見ても明らかだった。その土居は、今回はハイポストから離れてミドルエリアでパスをもらう。
突如、土居がシュートを放った。
駒池選手の全員が驚いてボールを目で追う。
まさか。外から打てるやつはいないと想定していたのに、四番が?
シュートは、成功した。
江清ギャラリーは土居さんコールで一色に染まる。「いいぞいいぞ健吾! いいぞいいぞ健吾! もう一本!」。とりわけ喜んだ様子を見せたのは山田だった。今、土居が打ったのはまさに一昨日の練習後に打っていたものと同じミドルシュート。自分がパス出しに協力したあの練習が今、目の前で活きたのだ。
盛り上がる江清の応援に対し、駒池OB軍団は目に見えて元気がなくなっていった。
六十四対五十六。八点差。
再び横岸監督の張り声が飛ぶ。
「吉野! もっとミドルに広がってボールにプレッシャーかけろ!」
追われる側の駒池選手たちが焦り始めた。
攻撃のリズムが速く、失敗が多くなる。反対に江清は全員が結集して声を掛け合い、そのうえで土居がミドルシュートを立て続けに決めていく。ディフェンスでも土居は駒池のエース玉崎を完封し、今や完全に独壇場だ。
舜也は、土居が活躍するたびに跳び上がって喜びながら沖さんの言葉を思い出していた。
土居さんと冷前先輩、どっちに優先してパスすればいいですかと聞いたとき、沖さんは冷前先輩と即答した。
しかしこう続ける。
「なんで健吾がキャプテンを務めてるのかっていうと、それは健吾のプレーがチーム全体にガッツを与えてくれるからだ。好不調の波は確かに激しい。あいつが不調のときは周りが支えてやらないといけない。けどひとたび好調になれば、チームの誰もがあいつに引っ張られて動きが良くなる」
そして微笑んでから、言った。
「健吾が絶好調なときで、俺らチームが負けたことはないんだ」
試合冒頭で駒池のレベルをおおむね把握したとき、舜也は自分たちとそれほど実力差がないと確信した。しかしそれは土居さんが普段の練習どおりの力を発揮していることが大前提だ。土居さんさえいつものように戦えたら、絶対に駒池と互角に張り合える。そう思い、不調から立ち直ってくれることを期待して土居さんに何度もパスを出した。だが絶好調の土居さんは舜也の予想を超え、たった一人で駒池をねじ伏せている。
残り時間が一分半を切ったとき、土居がまたもやミドルシュートを決めた。タイムアウトがあけてから四本連続での得点だ。
六十四対六十二。差はいよいよ二点。ワンゴール差となる。
「慌てるな! 足を動かしてパスを回せ!」
横岸監督が冷静さを呼びかけるも、駒池選手の顔には怯えが見えていた。外れたシュートのリバウンドを土居が取る。
江清の攻撃。
ギャラリーは火がついたような大騒ぎだ。
土居がミドルエリアでボールを持った。観客の期待が最高潮に達する。
土居の目の前には、シュートを警戒して駒池の八番がマンツーマンのような形でディフェンスしていた。もはや駒池はゾーン・ディフェンスの形を成していない。ガタガタだ。その台形エリアへ、鷹のように飛び込む選手がいた。不亜だ。土居がパスを送り、受け取った不亜がレイアップを打つ。近くにいた駒池ディフェンスが咄嗟にジャンプして不亜と空中で接触した。ピーっと笛が鳴ったとき、レイアップはリングの中へ入っていた。
「バスケットカウント! ワンスロー!」
六十四対六十四。ついに同点。
しかもファイルをもらいながらのシュートだったので、フリースローが一本追加される。これを決めれば、江清が逆転する。
不亜がフリースローラインに立ち、審判からボールを受け取った。ゴクリ、と唾を飲み込む音が聞こえてきそうなほど会場を静寂が包む。会場にいる人間誰もが決勝戦の行方に釘付けだ。土居と冷前先輩がリバウンドを取る体勢を準備した。
不亜はふーっと一息ついてからドリブルを二回つき、リングを見据える。地面から脚を離さず、シュートを打った。下にいた選手が一挙にゴール下に集まる。
フリースローは、外れた。
土居の目の前にいた玉崎がリバウンドを取る。土居は食い下がり、ボールを取ろうと執拗に玉崎をディフェンスした。そこへ冷前先輩も横から参加する。二人は玉崎を挟み込み、プレッシャーをかける。
「吉野! もらいに行け!」
横岸監督が叫ぶ。
パスを出そうとした玉崎のボールを、冷前先輩が叩き落した。こぼれたボールを追いかけ、冷前先輩が走ってボールを手に取る。今いる位置はゴール近場だ。しかし目の前には九番がディフェンスしている。
一瞬のシュートフェイントを繰り出し、冷前先輩は真横の土居にバウンドパスを送った。土居がパスを受け、跳躍する。玉崎もブロックしようと両手を上げジャンプした。
土居の視界を玉崎の手が遮ろうとする。が、土居の目は赤いリングをしっかりと見つめていた。体が跳躍の最高点に達したとき、刹那の無重力で前髪が空中を泳ぎだすのが視界に入る。自分でも驚くほど落ち着いて打てたシュートは、バックボートに一度当たってからリングの中へ入った。
六十四対六十六。
歓声が、爆発した。