ゾーン・ディフェンス
三上が食い下がった。
「あと八分だぜ! なんとか頑張れねえのかよ!」
舜也は小さくかぶりを振る。
「オールコートのディフェンスをされたのがかなりキツかった。今の状態で出てもみんなの足を引っ張っるだけです。三上さん、あとお願いします」
三上は何か続けようとしたが言葉が出てこない。
舜也の言葉を聞いたベンチ全体に陰鬱な空気が漂った。誰もが言わなくても認めている。ここまでチームを精神的に引っ張ってきたのは舜也だ。まだ一年生、しかもこの試合では一得点も決めていないのに、舜也が抜けるというのは太陽がぶ厚い雲の奥へ消えていってしまうような喪失感があった。
「わかった。あとは任せろ。お前はよくやった」
三上はベンチに座っている舜也の肩に手を置いた。
「ぜってえ勝つからな」
「はい」
三上はそう言うと、九間先生に許可をもらってオフィシャルに交代を告げに行った。
二分間のインターバルが終わり、最終ピリオドが始まる。舜也は立ち上がって五人の後姿に声を送った。「ファイト! 江清!」
試合が始まり、江清が攻撃に回ったとき、駒池のディフェンスの変化に誰もが凝視した。これまで一人に対して一人のマークをつけていたマンツーマンではなく、全員が固まるようにして台形エリアに密集している。
「ゾーンか」
九間先生の口からそう漏れたのを隣にいた舜也だけが拾った。初めて見るディフェンス形態だが、舜也は直感的にやばいと感じ取る。
ゴール近場を守りの重視したこのスタイルは、スリーポイントなどの遠距離シュートに対して無防備になる反面、センターを封じるには絶好の守備だ。悪い予感は的中し、台形エリア内でパスをもらった冷前先輩に素早く三人が詰め寄った。
その様子はまるで地面に落ちたセミへ群がるアリだ。
冷前先輩は果敢にドリブルで突破しようとしたものの、肘でディフェンスの一人の胸を突いてしまい、オフェンスチャージングを取られてしまう。ボールは駒池に移った。駒池からのスローインだ。
第四ピリオド始まって最初の江清の守りは、ハイポストから急に外へ飛び出した玉崎にスリーポイントを決められて六十二対四十八になった。次の江清の攻めでも、やはりゾーンディフェンスに苦戦する。江清はパスを回すばかりで攻めきれない。台形エリアに陣取り、両手を上げて守備する駒池の五人は、さながら王様を守る兵隊のようだった。駒池OB軍団に負けない声も張り上げ、「右スクリーン!」「オッケー」「ボール逆サイ!」「センター入った!」など全員が連携を欠かさない。
九間先生が立ち上がってオフィシャルに何か告げに言った。たぶんタイムアウトを取るんだろう。江清の攻めは、三上がやむなしといった様子でスリーを打ち、それが外れて攻撃失敗した。
江清のディフェンスでは、玉崎対冷前先輩のポスト対決に土居が助っ人に入った。
二対一のポスト対決。
しかし玉崎を二人で挟み込もうとした土居が誤って相手の手を叩いてしまい、土居がファウルを取られて試合が止まった。江清のタイムアウトが発動する。
「タイムアウト、青」
舜也がタイマーを見やった。残り時間は六分五十八秒。約七分と考えて、差は十四点差。
厳しい。
ベンチに戻ってきた五人に九間先生がホワイトボードを持って矢継ぎ早に指示を出した。
「無理にゾーンの中を攻め込もうとして縮こまってるぞ。三上と沖はもっと外へ広がってできるだけゾーンディフェンスを広げるんだ。そして土居、お前は常にハイポストに立て。ゾーンの五人をできるだけ上へ上へ引き付けて、ゴール下の冷前にパスを通すんだ」
一方、江清のギャラリーでは沖さんを始めとする三年生が土居をなじっていた。
「健吾は調子悪いな。今日はいいとこ一つもねえじゃねえか。まだ樋川の方が働いてたぞ」
「どっか怪我でもしてんじゃねえのか?」
「それはないだろ。頑丈さだけがあいつの取り柄なんだから」
「なんにせよ、このまま試合が終わる可能性が大だな」
その三年生のたちの会話をすぐ隣で聞きながら、山田が歯がゆい思いを抱いていた。
先輩たちはわかってない。健吾は努力してた。練習でもキャプテンとしてみんなを気遣っていた。俺に対してだって悔しくないのかと聞いてきてくれた。あいつは努力家なんだ。誰よりも優しいんだ!
気づいたとき、山田は勝手に自分の口が動いていた。
「頑張れ! 頑張れ健吾!」