不調
コートが入れ替わり、後半戦が始まる。
江清側のスローインから始まりだったが、駒池はオールコートのマンツーマンに切り換わっていた。前半戦ではハーフコートまで下がっていた相手が今、舜也の目の前にもディフェンスが張り付いている。余裕がなくなってきている証拠だ、と舜也は思った。オールコートは望むところだ。高さで劣る分、スピードなら誰にも負けない。平面でのドリブル勝負なら絶対に俺に分がある。案の定、三上からスローインのパスをもらった舜也は、簡単にドリブルで相手ディフェンスを突破できた。普段のワンオンワンで広宣にディフェンスされる方がよほど疲れる。
今回の攻撃は冷前先輩のシュート失敗に終わり、江清は守る番となった。駒池が慎重にボールを運んでくる。
何かがさっきと違う、と舜也は違和感を覚えた。
違和感の正体はすぐに判明する。エース玉崎が、スリーポイントラインから離れ、ポストに陣取っていた。
ガードからセンターへポジションチェンジだ。
玉崎にボールが渡り、玉崎対冷前先輩のポストプレイ対決になる。冷前先輩だって本来のポジションはセンターだ。決して後れを取らないはず…。
ボールを受けた玉崎は滑らかかつ素早い動きで冷前先輩を抜き去り、ジャンプシュートを放ってあっという間にゴールを決めた。まるで水を得た魚の動き。駒池のギャラリーから拍手が沸き起こった。
上手いのは当然だった。つい一ヵ月半前までセンターとしてプレーしていたのだから。新人チームになり、エースがガードを務めるという伝統にのっとってポジションを代えただけで、確実にセンターとしてプレーした経験が長い。
次の駒池の攻撃では、玉崎に一度パスが行ってからミドルエリアにいた選手に繋がり、その選手が落ち着いた様子でジャンプシュートを放ってゴールを決めた。玉崎というチーム一番の長身選手がどっしりと台形エリアに君臨することで、他の駒池選手にも余裕が出てきている。追い上げられている緊張や恐怖も今までよりかなり和らぎ、結果、玉崎以外の選手が放つシュート成功率も上がる。
試合は、膠着状態に陥った。
駒池と江清。どちらもオフェンスの成功率は同じぐらいだ。となれば、あらかじめリードしていた駒池が優勢のまま時間が流れる。このままプレーしていても駒池を切り崩すのは難しいと判断した舜也は、再び九間先生にタイムアウトを依頼して、残り時間四分で両チームはベンチに下がった。
スコアは五十一対四十。十一点差。
「あいつをどうする?」
三上がスポーツドリンクを飲む前に開口一番言った。あいつとは誰か説明しなくてもみんなわかっている。
「玉崎を止めるか、こっちの攻撃の手を変えないとリードはひっくり返せないぜ! ここまで来たんだ。負けられかっよ!」
三上が叫ぶように言った。九間先生のもとへキツネ顔の不亜が来る。
「先生、俺を出させてください」
九間先生が驚いて不亜を見た。
「俺ならオフェンスで力になれます。テルや沖より身長も高い。俺と渡と健吾で絶対に食らいついてみせます」
お願いします、と不亜は頭を下げた。九間先生はもちろん、全員がその姿を見る。
「わかった。三上、交代だ。しばらくベンチで休め」
タイムアウトが終わり、新たに百七十二センチの不亜が加わって江清が揃った。
江清の攻撃だ。
舜也、広宣から不亜にボールがゆく。一対一の戦いで不亜は肩を揺らして相手の反応を揺さぶってみた。どう攻めようか考えあぐねているようだ。と、後ろから近づいてきた駒池選手に挟まれ、二対一になってしまい、ボールを弾かれて取られてしまった。
「走れ!」
ボールを奪った選手が叫び、駒池六番が全速力で江清のゴールへ向かう。
させるか、と舜也も疾風のように自分たちのゴールへ駆けた。パスが通り、舜也と六番が並び走る。ボールを叩き落とそうと舜也が手を伸ばしたもののそれは空振りし、駒池選手は大股でレイアップを放った。しかしシュートは外れ、舜也は全力を込めてジャンプし、リバウンドを取る。
振り返ると、速攻のために駒池選手の大半が江清側のコートへ進出してきていた。
速攻を仕返すチャンスだ。
舜也はありったけの力でコートを蹴り、スピードでドリブルを前進した。「戻れ!」と相手の選手の誰かが叫んだがもう遅い。駒池側のゴール下にはすでに土居と冷前が走りこんでいる。
どっちにパスを出す? 土居さんか? 冷前先輩か?
舜也は両手に力を込めて一直線に土居へパスを投げた。相手の胸へ届く理想のパスだ。受け取った土居はゴール下でシュートを打った。
ノーマークでのシュート。
しかしそれは外れてしまい、冷前先輩がリバウンドを取って第二のシュートを打とうとしたころで玉崎が手をはたいた。ピーっと笛が鳴る。玉崎のファウルにより、冷前先輩のフリースローだ。
審判がオフィシャルに向かってファウルした選手を伝えている最中、広宣が「舜」と駆け寄ってきた。
「土居さんは調子が悪い。できるだけ渡さんにパスを回そう」
舜也は鼻筋に垂れてきた汗を胸元のユニフォームでぬぐいながら「いや…」と答えた。ユニフォームからはかすかに洗剤の香りがする。
「俺は土居さんにパスする。だからオッキーは冷前先輩に渡してくれ」
広宣は驚いて目を見開いた。
無理もない。自分が何を言っているのかはわかっている。今日のキャプテンはいつになく不調。しかしそれでも舜也には迷いがなかった。
冷前先輩は二本ともフリースローを決め、点差は五十一対四十二になる。
江清は奮闘するものの、センター玉崎を中心とする駒池は時間が経つにつれて調子づき、差は縮まるどころか逆に広げられて五十九対四十八で第三ピリオドは終わった。
「残りは、最終ピリオドだ」
頭のてっぺんから汗を流している駒池選手たちに向かい、横岸監督は告げた。
「今は十一点差。だが守勢に回るつもりは毛ほどもない。次からはゾーン・ディフェンスに切り替えるぞ」
横岸監督はホワイトボードを手にとって説明する。
「江清には外から打てる選手がいない。比較的背の高い四番、五番、七番が揃った今、中から攻めようとしているのは明白だ。そこでツーワンツーのゾーンでいく」
横岸監督はホワイトボードに台形エリアを上から見た図を描き、その中にサイコロの“五”の目のような二、一、二の磁石を置いて各選手に配置を指示した。
「ゾーンで最も大切なのは声の連携だ。残り八分。最後の一秒まで叫んでこい!」
「はい!」
作戦を伝え終わり、横岸監督は江清ベンチ側へ目を向けた。
そちらの手札は読めている。こっちは先手を打たせてもらった。
さあ、どうする、十二番。
江清のベンチ側。
十二番を背負っている舜也が放った一言で、九間先生を始めとする誰もが固まっていた。三上が思わず舜也に聞き返す。
「お前、マジで言ってんのか?」
「スーパーマジです」
舜也がタオルで汗を拭った。
「スタミナが尽きました。もう体力は残ってません。僕を交代させてください」