激闘
敵陣コートに入ってから、舜也は機を見計らってミドルエリア内にいた広宣にパスを送る。
広宣と相手との一対一だ。
広宣は素早いドリブルをつくと、台形エリア内に向かって駆け出した。マークはまだ外れていない。台形エリアに入ったところで広宣は止まった。屈んでいた上体を伸び上げてその場でシュートする、と思わせておいて一息に加速し、相手ディフェンスを抜き去る。さらに、カバーに来た選手にはシュートフェイントを入れて躱し、ピボットを使った変則的な動きでシュートを決めた。
スコアは二十五対八。
よっしゃ! と舜也は心の中でガッツポーズした。
このプレイの意味は大きい。試合開始から今まで単調な攻めばかりだったが、フェイントを織り交ぜた攻撃を駆使することで、駒池側に対しては虚を突く効果を狙い、味方に対しては手本を示せる。こうしてほしい、という要望を難なくクリアする広宣が心強かった。
この勢いに乗じて、三上と舜也、広宣は駒池のスローインから激しいディフェンスに移った。駒池側は、圧倒的点差の余裕があるからハーフコートでのマンツーマンでいいだろうが、一刻も早く追いつきたい江清としてはオールコートでのマンツーマンが最良の選択となる。
エンドラインの外に出た駒池の九番の前に広宣が立ちはだかり、パスコースを塞ぐべく両手を広げて左右に動いた。九番は早くパスを出したいが、舜也、三上の必死のディフェンスでパスを送れる選手がいない。
ピーッと審判が笛を吹き、宣告した。「五秒、オーバータイム!」
江清のベンチが盛り上がった。ルールでは五秒以内にスローインしなければ相手ボールになる。一転して、江清のスローインに切り換わった。
再び江清の攻撃。
素早くパス出しした舜也は、目配せして広宣と冷前先輩のコンビネーションに託すことにした。
広宣がミドルエリアでボールを持ち、構える。そこへ冷前先輩ゴール下から出てきて広宣のディフェンスにスクリーンをかけた。スクリーンはうまくかかり、広宣は相手を抜きにかかる。途端にスクリーンとして“壁”の役割を果たしていた冷前先輩がもといたゴール下へ一直線に駆け出し、合わせたように広宣が冷前先輩にパスを送った。完全にディフェンスを振り切ってフリーとなった冷前先輩へパスが通る。
ピーッ。
冷前先輩がシュートを打とうとしたまさにそのとき、審判の笛がコート上に鳴り響いた。一人の審判が土居を指している。「三秒、オーバータイム!」
今度は駒池側のベンチ側が盛り上がった。
三秒…三秒…。
舜也が頭の中でルールブックをめくる。思い出した。攻撃する側は、敵の台形エリア内に三秒以上留まってはいけないというルールだ。どうやら土居がバイオレーションを取られたらしい。
江清の攻撃は失敗に終わった。
しかし、流れは完全に江清に傾いていた。
駒池は第一ピリオドと違い、思うようにオフェンスリバウンドが取れず、シュート成功率の低さが仇となって急速に得点が伸びなくなる。対して江清のオフェンスは、先ほど広宣と冷前が見せたようなコンビネーションプレーを多用して駒池のリズムを崩し、混乱させた。
舜也が見立てた通り、駒池は新人チームになってから経験の浅さが浮き彫りになっていて〝正確さより勢い〟という粗さが目立つ。体の接触を厭わない強気なプレーは大多数の対戦相手を怖気づかせるが、その恐怖心を乗り越えて冷静に対処さえすれば隙を突くのは難しくない。江清はじりじりと追い上げていき、第二ピリオドが終わったときスコアは四十二対三十五となっていた。
七点差だ。
前半が終わり、十分間のハーフタイムになる。江清はギャラリーの熱がヒートアップし、逆に駒池側は誰一人笑顔がなくなっていた。今や会場のほとんどの人が決勝戦に目を向けている。市内における“不動の王者”として頂点に君臨し続けてきた駒池が、ついに敗れるかもしれない。
いけるぜ、いけるぜ、と騒ぐ三上をよそに、舜也はベンチに座って汗を拭きながら冷静に考えていた。自分と広宣のコンビプレイも高確率で成功し、順調に追い上げている。しかし気になるのは、相手の横岸監督だ。江清が点差を縮めるにつれて、いつもの張り声が確実に少なくなっている。試合中はそんじょそこらの犬よりも吼えるあの人が黙りこむのは、底知れない恐ろしさがあった。




