決勝戦
二日目の試合は、開会式がないぶん一日目よりも早い九時から試合がスタートする。早い時間帯にもかかわらず、応援は男女共に昨日よりもヒートアップしていた。
江清男子バスケ部は準々決勝を楽々突破し、十二時から準決勝を迎えた。舜也からみて少し全体の動きが固いと感じられたものの、八十八対五十一の快勝を収める。隣のコートでは駒池が昨日に続く百点ゲームで相手を下していた。
試合が終わってギャラリーへ上がると、引退した三年生たちが応援に駆けつけてくれた。もちろん沖さんも一緒だ。激励に応えているとき、突然妹の舞が現れて舜也にグイっと弁当を押し付けてきた。舜也が受け取ると、舞はプイと行ってしまう。広宣が聞いてきた。
「あれ、舜の妹?」
「ああ、マイシスター」
「へえ~可愛い子じゃん」
「喋らせたら生意気やで」
舞の行った先を見ていると、舜也の母親の姿があった。父は仕事のため来れないが、母さんは舞を連れて応援に来てくれたのだ。母は誰か知らない他の女性と談笑しているところだった。横から沖さんが説明する。
「あれ、うちの母親。一緒に話している人って樋川のお母さん?」
「はい、そうです」
舜也と広宣がよく一緒にいるからか、二人の母親同士も打ち解けるのが早いように見えた。
新人チームは、昼食を食べながら今日の体調や駒池の戦力分析について三年生と話し込んだ。沖さんが来ると、特に二年生のモチベーションが上がる。土居さんは多弁になり、三上さんはジェスチャーが大きい。沖さんは決して自分から試合の話題には触れず、他愛もない話をしながら選手一人ひとりに笑いかけた。
決勝戦の時間が、刻々と近づいてくる。
三時から女子の決勝戦と三位決定戦が始められた。この次が男子の決勝戦と三位決定戦となる。舜也たち決勝戦はステージ側のコート。ユニフォームは江清がチームカラーの青で、駒池が白だ。
昨日と同じようにグラウンドでアップをした舜也たちは、ハーフタイムの練習でコートに入った。駒池とほぼ同じタイミングでアップ練習が始まる。駒池のベンチ入りしないメンバーが声援を轟かせた。
「シュー! シュー! シュー!…シュー! シュー! シュー!…」
まだ駒池OB軍団の本格的な応援はない。にもかかわらず、これまでのチームとは比較にならないプレッシャーが相手コートから伝わってくる。ハーフタイムの練習が終わると、江清選手たちはアップのために再びグラウンドへ降りた。
一陣の風が吹き、学校横の山の木々が瞬間的に葉の裏側を見せる。舜也がアスファルトに座って開脚ストレッチをしていたとき、小林憲一が呼びにきた。
「土居さん、残り三分です」
「…おし」
全員が立ち上がって揃った。誰も何も発することなくステージ横の入り口に集まって待機する。土居は首を左右に傾け、冷前はつま先を地面に立てて足首を回し、広宣は両手でボールを左右にパスしあい、舜也は壁に手をついてアキレス腱を伸ばす。
やがて試合終了ブザーが鳴り響き、歓声が沸いた。女子チームの決勝戦では、勝ったチームが飛び上がって抱き付き合い、負けた方が俯いている。審判からの「礼!」から両チームがベンチに下がった瞬間、江清はコートに駆け出した。駒池も同じように駆け出している。両チームとも素早く円陣を組んだ。
「江清――!ファイ!」
「おーーーーー!」
「駒池―――! ファイッ! オー! ファイッ! オー! ファイッ! オーーー!」
十分間のアップが始まった。観客の視線の多くが決勝戦に向けられているのわかる。
アップが終わってベンチに下がったとき、九間先生が告げた。
「スタートは、土居、冷前、三上、不亜、樋川」
舜也の体に電撃が走った。
俺が…スタメン。
「三上と樋川でボールを運びつつ、隙あらばインターセプトを仕掛けるんだ。決して守りに入るんじゃないぞ。常に攻め気でいくように」
どうやら九間先生の頭の中には、一ヶ月前の練習試合で舜也のトップスピードが刻まれているらしい。だがパスカットは望みが薄いと舜也は予想していた。駒池は前とは違うメンバーであるうえに舜也の俊足ぶりもすでにバレている。
Tシャツを脱いだとき、駒池のベンチメンバーである十二人全員がコート上に散らばった。
「オイ!」
玉崎選手を皮切りに、試合前の気合入れである伝統の吼え声が体育館にこだました。
「オイ! オイ! オイ! オイ! オイ! オイ! オイ!…」
それ見た舜也は、一人コートの中へ入っていった。
オフィシャル席から数メートル離れたところで、駒池側のコートに向かい、両手に力を込め、肺に限界まで空気を送り込んで、叫ぶ!
「おおおおおおおおおおおおああああああああああ!」
体育館の屋根を吹き飛ばそうとするかのような雄たけびだった。
舜也が叫び終わると、水を打ったように静まり返る。駒池の選手たち十二人も思わず吠え声を止めて呆気に取られた様子で舜也を見ていた。会場中の視線を一身に浴びるのを感じながら、舜也が駒池チームに不敵に笑いかける。
「俺の勝ちやな」
くるりと背を向け、自分のベンチに戻る。敵はおろか味方さえも呆然とした表情だったが、その中で広宣だけが先頭に立ち、ハイタッチで舜也を迎えた。
「おま…お前何してるんだ!」
怒りとも驚きもつかない様子で九間先生が問いかけると、舜也は平然とした顔で「威嚇に対する威嚇です」と答えた。それを聞いた一年生選手たちが笑い始める。体育館中がざわつき始めた中、審判が騒ぎを打ち消すように言った。「両チーム、整列!」
江清と駒池が出揃った。
駒池の主力メンバーは平均身長がだいたい百七十センチぐらいだ。一番高いのが背番号五番の玉崎で、土居と同じく百七十八センチ。一番低い選手でも舜也より二十センチは高い百六十センチはある。
センターラインを挟み、両チーム五人の視線が互いに交錯した。
「これより、駒池対江清の決勝戦を始めます。礼!」
「お願いします!」