新人戦
昼ご飯を食べてから駐車場係へ戻り、午後一時前になると舜也は再びギャラリー席の自分の陣地へ戻った。
今コートで戦っている次の試合で江清の試合が始まる。ユニフォームに着替えた江清選手十二人は、手荷物を持ってグラウンドへ向かった。体育館の影では、次に試合をするチームがパス練習などのアップを始めている。江清もグラウンドを一周してからストレッチを始め、三角パスなどの軽い練習をやる。しばらくして上から一年の小林憲一が声を掛けてきた。
「土居さん、あと三分でハーフタイムです」
「おう。上へ上がるぞ」
土居さんを先頭にバッシュに履き替え、江清チームは体育館へ上がる。今回の試合は体育館入り口側のコートだ。目の前は女子の試合がやっていて、江清チームは邪魔にならないよう出口で整列して並ぶ。やがて女子の試合の第二ピリオドが終わり、ブザーが鳴って選手たちがベンチへ戻ると、「行くぞ」と掛け声とともに江清がコート上になだれ込んだ。
「ランニングシュート!」
「はい!」
ハーフタイムの十分間、江清たちのゴールを使ったアップが始まる。相手側のコートも選手が少し送れて入ってきた。普段の練習よりもずっと人数の少ない十二人なので、順番がいつもよりかなり早く回ってくる。
ギャラリーには人が埋め尽くされている。好奇の目を向けてくる大人もいれば、雑多な話し声や笑い声もわんさかと降ってきた。さらに隣のコートはまだ試合中なので走る振動や審判の笛が響く。
これが、公式試合のコート上。
舜也の心臓が高鳴り、思わず笑みがこぼれてきた。あっという間にインターバルは終わり、コート上の選手たちは駆け足で退いた。女子の試合が終われば今度は自分たちの試合だ。江清一行は再びグラウンドへ戻り、入念なストレッチやアップを続けた。夏の気温のおかげで体冷える気配はない。
二十分ほどしてまたもや小林憲一が呼びに来る。「土居さん、残り三分です」
「うし、いくぞ」
土居さんが腕のストレッチをしながら前進した。再び入り口手前で待機し、女子の試合が終わったところで相手よりも先にコート上に入る。今回はまずフリースローサークルで円陣を組んだ。
「江清――!ファイ!」
「おーーーーー!」
ハーフタイムの練習と違い、今度はベンチ入りしていない二年生や一年生もギャラリーに駆けつけ、九間先生もベンチに立った。
試合開始まで五分間。
ギャラリーには続々と他のチームも集まってくる。前回のゴールデンウィークに行われた市内大会で二位という実績もあって偵察されているようだ。
ブザーが鳴って、両選手たちはベンチに下がった。九間先生を中心に半円を組む。
「スタートは、土居、冷前、不亜、三上、沖だ。最初の五分間は冷静に相手を見極めるように」
「はい!」
名前を呼ばれた五人はTシャツを脱ぎ、揃ってセンターサークルへ向かう。舜也はベンチに腰を降ろした。すぐに相手チームも五人が出てくる。やがて審判が宣言した。「礼!」
「お願いします!」
土居がセンターサークルに入り、ジャンプボールが始まった。
相手チームは、江清の敵ではなかった。
速さも高さも技術も勝る江清は、あっという間に百七十八センチの土居と百八十一センチの冷前のセンターコンビで点差を広げてく。第一ピリオドも残り二分を切ったところで舜也は九間先生に呼ばれ、広宣と交代することになった。中央のオフィシャルを駆け寄り、「交代お願いします」と告げる。交代選手用のパイプイスに座りながら、舜也は足元にある濡れ雑巾でバッシュの底を拭いた。
不亜先輩がファウルをしたのをキッカケに試合が止まり、舜也が立ち上がる。
「白、交代です」の宣告と共に舜也は広宣に駆け寄り、交代を告げた。
「マークは六番だ」
「了解」
舜也が代わってからも江清の勢いは衰えない。戦略という戦略もなく、ただ土居さんか冷前先輩に渡すだけで二人が難なく点を取った。第一ピリオドが終わったときには二十五対九でリードし、第二ピリオドが始まって四分が経ったときにはすでに四十点もの差が開いていた。
減っていくタイマーを見ながら、舜也はチラチラと九間先生を見た。
すでに十分な点差が開き、相手選手の目を見ても心が折れているのがわかる。土居さんや冷前先輩をベンチに下げたっていいはずだ。なのにまだ二人を出し続けている。これじゃうちの偵察に来ている他のチームに情報を差し出しているのと同じだ。タイマーが止まる度にそのことを九間先生に進言しようかと思ったが、結局第二ピリオドまで主力センターは出続け、後半に入ってからようやく控えメンバーと入れ替わった。それでも遅すぎる、というのが舜也の判断だ。“九間先生には戦略眼がないからな”と言っていた沖さんの言葉が浮かんできた。