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八月二十五日

 試合会場となる江清こうせい中学校は、七時半に男子、女子両方のバスケ部員が集まり、体育館全体を掃除したり、ステージ上にテーブルを出したりと最終的な下準備を整える。八時に最初のチームが会場へ到着すると、以降続々と選手や監督、保護者が集まりだしてきた。


 舜也は一日目、駐車場の案内係を割り当てられたので、校門の裏から入ってくる大会関係者の車を誘導して空いているスペースに導いた。日差しは強く、ジリジリとアスファルトの反射熱が照り返してくる。開会式まであと三十分となったとき、濃紺のワンボックスが来て息を呑んだ。運転手は駒池こまいけ横岸よこぎし監督だ。案内して車から降りたのを見計らい、大声で「おはようございます!」と挨拶する。横岸監督は軽い会釈で応え、すぐに体育館へ上がっていった。横岸監督が来たということは、すぐに駒池選手たちもここへ来るはず。そう思ったとき、舜也は思わず身震いがした。


 沖さんから聞いた話では、駒池は総体での県大会トーナメントを順調に勝ち上がっていったものの、吉丸よしまる中学校という学校に敗れ、県ベスト4の最終成績となったらしい。三年生が引退し、新人チームとなってからの実力に関しては何も聞いていないものの、それでもきっと市内における他の学校より強いだろう。


 午前九時。開会式が始まった。舜也や広宣などベンチに入る選手は全員ユニフォームに着替えて整列する。周りを囲む選手はみんな大きい。舜也はちょうど全体の真ん中の位置にいるので、まるで林の中にポツンとたたずんでいるみたいだ。


 江清のすぐ横には、黄色の地に黒字のロゴが入ったユニフォームを着る駒池が整然と並んでいる。駒池選手は誰もが精悍せいかんな顔つきで、どのチームよりも堂々とした風格があった。


 負けへんで、と舜也は式中ずっと背筋を伸ばしていた。

 

 参加校は、ゴールデンウィークのときと同じく十二校。江清男子バスケ部は第二シード枠で、順調に勝ち進めば、明日の決勝で駒池と戦うことになっていた。一日の予選リーグで三試合を勝ち抜き、二日目の決勝トーナメントで三試合の全てを勝利した学校が閉会式で優勝トロフィーを授与される。


 試合が始まると、外の駐車場にいても館内の応援や歓声が聞こえてきた。午前中、駐車場の日陰で友達の一年生と石蹴りしながら暇を持て余していた舜也は、正午前に早めの昼ご飯休憩をもらって館内に上がってくる。館内のギャラリーはどこも人だらけだ。ドリブルをつく音、選手たちたちの駆け足、審判の吹く笛の音が常にこだまする。


 舜也がカバンから取り出したお茶を飲んでいると、会場の一角がワッと盛り上がった。聞き覚えるのある低い声がメガホンから拡散される。駒池OB軍団の声援だ。


「燃えろ! 燃えろ! 燃えろ駒池こまいけ!…」


 相変わらずあの声援団の応援は熱い。舜也は急いで水筒を置くと、偵察のため駒池が戦うコートのギャラリーへ向かった。駒池OB軍団とは反対側のギャラリーには、すでに長塚ながつか浦瀬うらせがいる。


「オッキーは?」


「ステージ上で先生方にお茶汲み。まああそこからなら試合は見れるだろ」


 浦瀬が視線を送った先に、ステージ上の端にテーブルを構えて、お茶やコーヒーを入れている広宣ひろのぶの姿を見つけた。


「舜の予想は?」


「駒池が百点ゲームで圧勝。たぶん六十点差ぐらいつくんちゃうかな。センターやった玉崎たまさきさんがガードになってどんだけ強くなっているのか気になるところや」


「出てもすぐにベンチに下げられそうだな」


 そうこう言っているうちに、駒池の試合が始まった。


 予想していた通り、駒池の新人チームは引退した荒橋あらばしさんの代わりに玉崎たまさきさんが柱となったワンマンチームだ。荒橋さんの代わりを務めるかのように、玉崎さんは全く同じポジションについている。ボールを運び、相手コートに入るとスリーポイントライン近くに待機してシュートやドリブルでドライブを仕掛けてくる。荒橋さんほど積極的にスリーを打ちはしないものの、脚の速さは完全に荒橋さんを上回っていた。一ヶ月前の練習試合のときのように、パスカット狙いで舜也がマークする戦術はこの人には通用しない。


 試合は瞬く間に駒池が得点を積み重ね、第一ピリオドで三十一対十のスコアで終えた。そして第二ピリオドからは浦瀬の予想通り玉崎さんを始めとする主力がほとんどベンチに引き下がって、駒池はほぼ控えメンバーで展開していく。それでも相手チームとの差は歴然で、試合は百三十七対二十四で駒池が勝利した。舜也の予想を大きく上回る、六十点差どころか百十三点差だ。


つええ、な」


 長塚がボソリと言った。


「でも付け入る隙はある。一ヶ月前の三年生がいた頃と比べればやっぱりレベルは落ちてんで」


 舜也がコートから目を離さず言った。長塚が舜也を見る。


「勝てそうか?」


「それはやってみなわからへん。ただ、負けるつもりはない」


 長塚と浦瀬が顔を見合わせた。と、そのすぐ後ろをETが通りかかった。ETは入部当初とは明らかに痩せ、小太りだった胴体は平らになっている。この前に聞いたところによると「夏休みに入ってから八キロ痩せた」らしい。長塚が声をかけた。


「お疲れ。これからオフィシャル?」


「ああ。今から下へ行く」


「おい、次の試合、審判が横岸監督だぞ」


 浦瀬がコートを見ながら言った。服を着た熊、といえる横岸監督が審判服姿でコートに立ってる。


「もしかしてあの試合の?」


 ETがコクンと頷いた。


「オフィシャルだ」


「ご臨終」

 長塚が目を閉じて言った。舜也が歯を見せて笑う。


「大丈夫やって。ETはあの横岸監督に褒められた男やで! バスケの神様やもん、オフィシャルのな」


「ああ、そうだ。神様だよ。オフィシャルの」


「泣くぞコラ」


 三人に茶化され、それでも最後は頑張ってなと励まされてETはコートへ下りていった。



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