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市内大会に向けて

 あれだけ地獄だと感じていたフットワーク練習も、二週間目を迎えると気持ちに余裕が出てくる。

 もちろん体力的にしんどいのは変わらないが、三週間のうち三分の一を耐えることができたんだから、残りはあと二週間、という思いが日に日に強くなってくる。そしてキツさに慣れてきたこともあって、一年生の間でも休憩中に会話が多くなり、皆のポジションと気構えが互いに知れ渡ってきた。


 この日も一対一の練習で舜也は広宣と組もうとしたとき、長塚ながつかが声を上げた。


「ズルいぞ舜。いつも広宣とばっかりやりやがって。これじゃお前らだけが上手くなるじゃねーか」


 そうだそうだと浦瀬うらせ滝津たきづが同調する。結局この日から広宣ひろのぶの相手はローテーションになり、舜也しゅんやも含めた四人全員が広宣にコテンパンに負かされた。


「なんなんだ、あいつの強さは」

 浦瀬が嘆く。


「特にディフェンスだよな。オッキーが本気で守ると一点も取れねえ」

 長塚が俯く。


「なんとかして勝ちたいんだけどなあ」

 滝津が天を仰いだ。


「俺、弱点見つけたで。左側から攻めてシュートフェイント入れると結構いける」


「マジか!」


 四人が不気味に円陣組んで相談するのを、後ろから広宣本人が呆れながら言った。


「なにしてんだよ」


「うっさい。〝広宣を倒そうの会〟の大事な会議中や。邪魔すんなや」


 舜也がイーっと邪険にすると、長塚が顔を上げて広宣を見つめた。


「よかったらお前も入るか?」


「それなんかおかしくね?」


 一方で、毎日の練習についていくのがやっとの一年生もいる。特に実力の点で最下位に近いのがETこと千ヶ崎栄太(ちがさきえいた)、舜也と同じくらい背の低い小林憲一こばやしけんいち、一年生の中で一番太っている大内学おおうちまなぶだ。

 三人とも、毎日練習が終わる頃には踏み潰されたセミの抜け殻といえる状態までボロボロになるにもかかわらず、それでも一日も休まず練習に出てくる。その姿勢は他の一年生だけでなく二年生も胸を打ち、三人はことあるごとに色々な人から励ましを受けた。


 八月に入った最初の土曜日、江清こうせい中学は安須東あずひがしと練習試合を組んだ。


 前回と同じように江清バスケ部が自転車で安須東まで向かう。初めての新人チーム同士の練習試合ともあって舜也は今までで一番緊張したものの、結果は江清の圧勝に終わった。この試合で、レギュラーは土居どい冷前れいぜん三上みかみ不亜ふあ、そして広宣か舜也という枠がほぼ固まった。基本的な戦法は沖さんがいた頃とほとんど変わらず、チームの二本柱である土居さんと冷前先輩が点を稼ぐものだ。舜也の一番の役目は、いかに二人にパスを送ることかだった。


 翌週の日曜日も市内の中にある堀松ほりまつ中学と練習試合をやり、江清は大勝を収めた。この試合では、広宣と舜也が活躍する影響を受けてか、浦瀬、長塚、滝津といった他の一年生もレギュラーとして試合に参加し、十分戦力になることを示す活躍ぶりを見せる。レギュラーとして出場した舜也が一番目立たず、何かおかしいという思いを抱えながら舜也は江清中学校に戻ってきた。


 練習試合から帰ってきて解散したあと、舜也と広宣はいつものように拷問坂で自主練を行い、終わったところで舜也がおずおずと切り出した。


「なあオッキー、この自主練って本当に意味あるんかな?」


 広宣が不思議そうに舜也を振り向いた。


「あるに決まってるよ。実際、今レギュラーの中に確実に入り込める一年は俺ら二人だけだろ?」


「うーん…そうとも言えるけどな。俺としてはもっとこう、試合で爆発的な活躍がしたいねんや。何十点も取るとか、ドリブルで何人も抜き去るとか」


 最終的に舜也が何を言いたいのか広宣には読めたが、何も言わずに続きを待った。


「なんかな、こんなに辛い思いしているわりには全然実が伴ってない感じがすんねん。だからさ…」


 舜也が言い放った。


「今の自主練、倍やらへん?」


 広宣が驚いて目を見開いた。


「そうきたか」


「そうきたかって何が?」


「いや、てっきり話の流れから自主練やめようぜってなると思ったから」


「んなわけないやろ。この練習を三年間続けた沖さん見てるんやで」


「うーん…今の倍か…」


 広宣がアゴに手を当てて考え込む。


「オーバーワークにならないかな? 俺たちはまだ成長期だから体に負担をかけすぎると身長の伸びとかに悪影響が出るって兄貴が言ってた気がする。それに筋肉がつきすぎるのも問題だし」


「やらずに後悔するより、やってみて反省しようや。もし疲れが残りすぎて日に日に弱体化していくようなら元に戻せばええし、いきなり倍にするんやなくて少しずつメニューを足していってもええやん」


 しばらく考え込んでいた広宣が顔を上げる。


「それもそうだな。一応帰ってから兄貴に相談してみるけど試しにやってみよう。もちろん今から二回目やるんだよな?」


「当たり前やろ」


 二人は、木陰の隙間から足跡のごとくまばらに陽光が降る中を再び二十分間フットワークに取り組んだ。今日のところは体力的に余裕がある。弱小校との練習試合だったので普段の練習よりもスタミナがあり余っているからだ。問題は明日以降。ただでさえ一年間で一番キツイと言われている今の体力づくりトレーニング練習の後にこの自主練習をやることになる。


 全ては駒池こまいけに勝つため。


 八月の終わりに進むにつれ、舜也の頭の中には駒池OB軍団の体育館を割るような声援が思い起こされていた。


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