息抜き
砂利を踏む感覚が靴底から伝わってくる。
バッシュから運動靴に履き替えたときは決まって妙な心地だ。まるで泥に埋まった中から足を引っこ抜いたような軽さと不安定さがない交ぜになる。体育館から出てグラウンドに立つと、あまりの涼しさに頬が緩んだ。空を見上げれば、体育館のくすんだ天井よりもはるかに高い青空が広がっていて、雲がその中で形を変えながら泳いでいる。
「舜坊、行ったぞーー!」
いつの間にやらスローインが始まり、舜也が空から地面に目を戻すと、目の前をサッカーボールが転がってきた。思わず手を伸ばそうとして引っ込める。
今やっているはバスケやない。サッカーや。
舜也はボールを取るとしばらくドリブルで進んで味方である冷前先輩にパスした。しかし冷前先輩は不亜にボールを取られ、不亜が軽快なフェイントを仕掛けながら相手を抜き去っていく。舜也のすぐ後ろから土居が駆けてきた。
「なんでサッカーなんですか!」
一切の説明もなくグラウンドに連れてこられて突然試合を始められた舜也が、我慢できなくなって土居に尋ねた。土居がその場で立ち止まって舜也を見る。
「ただの息抜きだ」
「バスケ部の息抜きがサッカーっておかしいでしょ! ルールも全然違いますやん!」
「全然違うから息抜きになるんだよ。毎日同じ練習繰り返してたら飽きちまうだろ? たまにゃ他のスポーツを体験して体と脳みそに新鮮な刺激を与えるのがいい。これも沖さんが考え出した練習だぞ?」
ぐう、っと舜也は押し黙った。沖さんが考えたとなれば何でも正しく思えてくるから不思議だ。
「一番理想的な息抜きってのはな、いつもやってることと真逆のことをやるのがリラックス効果が高いんだと。勉強ばっかしやってる奴は体を動かすのがいいし、俺らも本当なら勉強するのがいいはずなんだが…」
「勉強はイヤです」
「な? だからサッカーしてるわけだ。上手に休むのも練習だぜ。考えずに楽しめよ。あ、おめえんとこ点入れらたぞ。このままじゃ負けちまうけどいいのか?」
「なんやと!」
舜也は全速力で駆け出した。
はじめは納得いかず、渋々といった形でサッカーに参加していた舜也だったが、無我夢中でボールを追いかけているうちに自然と笑みがこぼれてきた。確かに遊びでやるスポーツは楽しい。勝利を追い求めて体を酷使する運動とは全く違う充実感がある。それに、全然違うと思っていたサッカーも、よくよく見てみるとどこかバスケットに通じるものがあった。
あえて人があまりいない場所に移動してパスをもらう。
相手ディフェンスの虚をついて動く。
味方の動きを先読みして走る。
バスケットコートよりも格段に広いサッカーコートでそれらを実践すると、バスケをしていたときには気づけなかった意外な発見ばかりだ。その発見の一つが、一年生の中の長塚の活躍だった。バスケの実力では広宣や舜也に劣るものの、サッカーにおいては頭一つ飛びぬけて目覚しい動きを見せる。どちらかといえばサポート系が好きなんかな、と見立てていた舜也は、長塚がミドルエリアでの攻撃で本領を発揮するとわかり、今まで考えていなかった攻撃的な面を今後バスケットでの戦略でも役立てようと思った。
あっという間に三十分が過ぎた。正規のサッカー部が午後からの練習のため集まりだしてきたので、バスケ部はグラウンドを整備して明け渡す。グラウンド横に移ったところで、得意歌を一曲歌いきったような晴れやかな表情で土居が言った。
「あー面白かった。来週は野球やりてえな」
それを聞いた三上、冷前、不亜が乗ってくる。
「いいなー、それ。でも用具がないぞ」
「家から持ち寄ればいんじゃね?」
「バットはウチにあるからいいけどグローブを人数分集めるのは大変だろ」
「グローブは使わずにさ、ソフトボールぐらいのビニール球でやるのは?」
「それよりまず来週の野球部の練習時間を聞かなくちゃな」
バスケやっているときより活き活きしてる、と一年生たちは感じていた。