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努力と才能

 段々と日が落ちるのも遅くなり、拷問坂ごうもんざかでの自主練を終えた七時を回ってもまだ空の端には橙が残っている。舜也しゅんや広宣ひろのぶが最後のメニュー終えたとき、坂下におきさんが姿を見せた。手にはポカリの缶を二つ持っている。


「お疲れ。差し入れだ」


「マジっすか! ありがとうございます!」


 舜也が大きくジャンプして沖さんの前に立った。

「校内でジュース飲むのは禁止されてるからな。バレないようにここで飲め」


 二人は感謝してプルタブを開け、沖さんは道横の切り株に腰を下ろした。


「兄貴。今日舜のやつ授業中に昨日の試合の反省をノートに書いてて先生に怒られたんだぜ。どうせならバレないようにやれよな」


 広宣が可笑しそうに笑い、舜也が朗らかに報告した。


「でもおかげで次戦ったときに使えそうな作戦を五個思いつきましたよ」


「へえ」

 沖さんが感心してからがらも尋ねた。


「ちなみに次やるときは向こうも新人チームになるけど、そこはちゃんと考慮されてんだろうな?」


「あ」


 舜也と広宣が同時に声を上げた。「しまった~!それ考えてなかった~!」と舜也が叫び、広宣も恥ずかしそうに「気がつかなかった」とうなだれる。沖さんが笑った。


「まあ、駒池のスタイルは基本変わらないから、新人チームになっても対策は使えるだろ」


「駒池のスタイルって、やっぱり一人だけ飛び抜けたワンマンチームになるんですか?」


「ああ。それで間違いない。俺のいた三年間ずっとそうだったしな。荒橋あらばしはこの夏で引退するけど、荒橋の後釜に誰が来るかわかってるか?」


玉崎たまさき


 またも舜也と広宣がハモッた。昨日の練習試合で荒橋選手と同じぐらい横岸監督に怒鳴られた名前だ。もはや耳に染み込んでしまってる。


「その通り。荒橋の次は二年の玉崎が中心選手になる。中心選手は必ずその代で一番背の高い選手が選ばれて、一、二年生の間はセンターとして経験を積み、新人チームへ移行するとボールを運ぶガードを主としたオールラウンダーになる。ちなみにそのエースが背番号五番の副キャプテンとなるのも駒池の伝統だ。次は荒橋のプレーを玉崎がやることになるぞ」


「てことは、玉崎さんさえ集中してマークすれば勝てますよね?」


「と、思うだろ? だが違うんだ。駒池は一見、飛び抜けた選手によるワンマンチームと思われがちだけど、中心選手以外のレベルも高い。玉崎一人を警戒していると裏をかかれて周りから攻められることになる。これは俺の勘だけど、横岸よこぎし監督が試合中あれだけ特定の選手の名前を張り上げるのは、その選手に注目を集めて他の存在感をなくすためなんなんじゃないかな」


「戦略なんですか? あの怒鳴り声」


「だと俺は思う」


 広宣がポカリを飲み終えてから聞いた。


「兄貴の目から見てさ、玉崎さんは荒橋さんぐらいまで成長すると思う?」


「荒橋以上になるだろうな」

 即答だった。


「荒橋は技術的に上手いけどスピードがない。だから自分が動かされるばかりで、昨日の樋川といかわみたいに自分からスクリーンをかけて味方を活かすプレーができないんだ。その点、玉崎はスピードに問題ないからな。横岸監督のもとで技術を磨けば来年の春くらいには荒橋を越えてると思う」


 広宣がゴクリと生唾を飲み込んだ。荒橋でさえ手が負えなかったのに、その後継者はさらに上手くなるのか。


「上等や」

 舜也が目を輝かせて言った。


「敵は強いほど倒しがいがある。見とれよ。めっちゃ頑張って一ヵ月後にはあいつらより強くなったるからな!」


 力む舜也に、沖さんが涼しげに問いかける。


「努力もいいけどさ。お前、自分の才能はちゃんと自覚できてる?」


「才能ですか?」


「努力と才能は別物じゃないぞ。才能を伸ばしていくことが努力だと思え。樋川といかわの才能ってのは何だ?」


「そりゃもちろん、脚の速さです」


「違う」


「ぐ」


「確かにお前の脚は速いけど、それだけじゃ身長の低さを補えない。第一、どんなに脚が速くても今みたいにドリブル技術が低かったら宝の持ち腐れだ。お前の最大の才能は、試合状況を見極めて最適な作戦を考えられる戦略眼せんりゃくがんだよ」


 沖さんが切り株から腰を上げる。


「昨日の試合で一緒にプレーしてよくわかった。樋川もわかってる通り、バスケってのは試合の流れが頻繁に変わりやすい。できるだけ自分のチームに有利な流れを持ち込むのが必須になってくるわけだけど、その都度状況を踏まえて試合を的確にコントロールしていくのはガードの理想的な役割だ。お前の場合、特にそこが優れてる。恵まれた体格じゃないし、運動神経も決して天才ってわけじゃないが、その戦略眼に脚の速さを乗せれば身長のハンデを帳消しにできる」


 沖さんは舜也の脇を通り抜けて舜也のカバンの上にあったタオルを取ると、「汗が冷えるぞ」と言って手渡した。


「戦略眼…」


「ピンと来ないか? ま、そのうち自覚できるようになる。ついでに言っておくと、九間くま先生はその戦略眼が絶望的と言っていいほどないからな。訳のわからないところでタイムアウト取ったり、いいリズムのときに選手を交代させたりするから。そのへんは監督と話し合いが必要になってくる。さ、帰ろう」


 沖さんは坂を下り始めた。


 舜也も荷物を持って後を追う。

 戦略眼せんりゃくがん。全く意識してなかったけどそれが俺の長所らしい。「俺の才能は?」と尋ねる広宣に対して沖さんは「しつこさ」と答えている。


 夕暮れの反対方向の闇の中に、宵の明星がまたたいていた。

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