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九間くま先生、今日はどうもありがとうございました」


 二試合を行い、正午を回ったところで、横岸よこぎし監督が九間先生のもとへ挨拶へ来た。両チームとも選手たち今は整理体操をしている。二試合とも、駒池こまいけ側の非の打ち所がない完勝だった。


「こちらこそ、新人チームにとっていい刺激になったと思います。遠いところをわざわざありがとうございました」


「急なお願いでしたからこちらから伺うのは当然です。今後の県大会に向けていいはずみになりました。おっと、嫌味じゃありませんからね」


「わかっています」


 選手たちの整理体操が終わると、両チームとも相手の監督のところへ参考意見を聞きに行った。江清こうせいのチームも横岸監督を中心に半円を組み、話を傾聴する。


「もっと広くコートを使えるといいな。せっかく背の高い二枚のセンターがいるのに全員が内へこもってしまっては相手もディフェンスしやすくなる」


 話をしながら、横岸監督は意外なものを見て驚いた。十二番の選手が視線を下げ、肩を震わせて涙している。周囲の生徒もどう扱っていいかわからず戸惑っているようだ。練習試合に負けて泣くというのは相当珍しい。わかりやすいほどの負けず嫌いだ。


「以上だ。今後も強くなってくれ」


「きょうつけ! 礼!」


「ありがとうございました!」

 江清選手が戻る中、横岸監督は舜也しゅんやに声をかけた。


「君、ちょっといいか」


 舜也が振り返った。泣き腫らし、目が充血していて鼻水をすすっている。見た目は小学生の四、五年生のようだ。


「コートを横断するときはもっと0度を通るんだ。味方のセンターの邪魔にならないうえに相手の虚をつきやすい」


 はてな、と思っていることが真っ先にわかった。しかし横岸監督はそれ以上説明せず、「頑張ってな」と締める。舜也はとりあえず頭を下げ、仲間のところへ戻っていった。


 俺としたことが、らしくもない。


 相手の選手個人に助言を送るのは、敵に塩を送る以外の何物でもない。

 これまで何度かその経験がある横岸監督は、前提として自分のチームにとって脅威にならない学校の選手か、全国でも通用する素質だと判断したときに限ってアドバイスしてきた。しかし今回の場合はそのどちらにも該当しない。該当しないのはわかっていたが、どうもあの子を見ていると肩入れしたくなる。


 今日最大の収穫は、江清の新人チームを確認できたことだな。


 横岸監督は戻ってくる自分たちの選手を見ながらそう思っていた。今日から約一ヵ月後、市内での新人戦で江清と激突する。間違っても油断だけはするまい。


 駒池が体育館を後にするのを見送ると、急に体育館が広がったような感覚になった。みんなで試合道具を片付け、床にモップで磨く。舜也はパイプイスを持ちながら近くにいた沖さんに尋ねてみた。


「沖さん、0度を通れってどういうことですか?」


 沖が新しいTシャツに着替えて振り返った。


「お、もう泣き止んだか」


「それはいいじゃないすか、もう。0度って何ですか? さっき向こうの監督に言われたんですけど」


「つまりはエンドライン側を通れってことだ。フリースローラインを分度器だと考えてみ。九十度の位置がゴールに対して真正面。斜めが四十五度。じゃ、0度は?」


「エンドラインですね。ゴールの裏側を通って動けってことか」


「横岸監督から何て言われたんだ?」


「コートを横断するときは0度を通れって。その方が味方のセンターの邪魔にならないし、相手の虚をつけるって」


「まあ正論だな」


 舜也はじっと考え、やがて沖に向き直った。


「ちょっと試して確かめたいですね。もう今日は練習しないんですか?」


「俺に聞くなよ。九間先生は向こうだ」


「はい!」


 舜也は元気よく言うと、九間先生がいるところへ向かおうとして自分がパイプイスを持っていることに気がついた。手早くイスを片付けてから跳ねるように向かう。


 つい十分前まで泣きべそかいていたくせに今は爛々(らんらん)とした笑顔。あいつの感情回路は一体どうなっているんだ、と沖は思った。


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