予想外
次のディフェンスでも、舜也はやはり荒橋選手のマークについた。
今度は前回以上に抜いてくるのを警戒して一メートル以上間隔を開け下がったためか、荒橋はボールを一旦横にいたガードに預ける。
舜也のディフェンスでの作戦は単純だった。
荒橋へ渡るパスを阻止することだ。実力では舜也は荒橋に遠く及ばない。ならば荒橋へのパスをカットして、勝負する前に決着をつける。
舜也のこの作戦は、しかしすでに駒池の選手に見透かされていた。どう見てもすばしっこさが売りの舜也がわざわざ荒橋をマークするのは、パスカットが狙いだとバレバレだ。
パスカット対策として、ドリブルをついていた九番は荒橋に山なりのパスを投げた。荒橋と舜也の身長差が激しいからこそできるゆるやかなパス。その山なりのパスが荒橋の手に届く一メートル手前で、にょきっと伸びた手がボールをはたいた。沖さんだ。甘くなるパスを先読みして舜也のすぐ横まで走りこんでいた。
「インターセプト!」
はたかれたボールを舜也と荒橋が同時に駆け出して追いかける。
瞬発力は負けていても、長い直線距離を走る単純な脚の速さなら舜也が上だった。ボールを手にした舜也はドリブルをついて相手ゴールへ疾駆する。すぐ横には沖さん、そして目の前には荒橋が走る。沖さんと舜也による二対一だ。
スリーポイントラインまで来たところで舜也は沖さんにパスを出した。沖さんがゴール下まで走り、レイアップする直前に舜也へパスを戻す。それを受けた舜也は、荒橋の大きい体をかすめるほど近づいて躱しながら自分でレイアップを決めた。
四十一対二十五。
他校との試合で初めて決めた舜也の得点は、市内最強の駒池チーム、その絶対エース荒橋選手を躱したレイアップだった。舜也は内心飛び上がらんばかりに喜んだが、体はすぐにディフェンスへと反応する。強敵相手には一秒も隙を見せられない。
「朝張~! ボケッとしたパス出すな!」
横岸監督の怒号が飛ぶ。
気を抜いたプレーをした自分の選手を叱る一方で、横岸監督はまた舜也の動きに注目していた。
見立てた通り、あの小さな十二番は一年生だ。しかもバスケの経験は浅い。動きに無駄が多く、ドリブル技術も身体能力についていけてないのがその証拠。しかし十二番には利発さがある。それが顕著に現れるのがオフェンスだ。
十二番の動きは敵を引き付けて味方を有利に動かすのが目的。それはもうこちらの選手全員がわかっていることだろう。だがわかっているにもかかわらず十二番に気を取られ、意識が向いてしまうのは、十二番の行き先や振る舞いがこちらにとって防御上の甘い点を突いてくるからだ。
たとえば今、うちの攻撃が失敗に終わってディフェンス側に回っているが、十二番はやはり味方のセンターにスクリーンを使ってフリーにさせる一方で、コート上に人があまりいないミドルエリアへ駆け込み、パスをもらおうと躍起になっている。もしあの場でパスを受ければ難なくシュート体勢に入れるだろう。うちとしては、来てほしくないところに猛スピードで現れて騒ぎ立たてられるようなわけで、自然、意識は警戒に向き、結果として十二番の目論見どおり他の味方が動きやすくなる。
ボールが今どこにあるのか。味方の選手は何をしたがり、敵は何を嫌がるのか。
その瞬時の判断を十二番は得意として実行している。公式の試合であればタイムアウトを取って対策を伝えるところだが、今は選手自身に考えさせるいい機会だ。率直に言って、江清との練習試合を組んだのは、次期中心選手になる八番、二年の玉崎を沖と対決させてポイントガードの経験を積ませることが主目的だったが、思いがけず良い練習相手に巡り合えた。横岸監督は厳しい顔の裏で、内心微笑んでいた。
試合は、予想外の展開を見せる。
荒橋に対して甘いパスを送ることはさすがになくなり、速いパスを受け取った荒橋と舜也の一対一はほぼ間違いなく舜也が敗北する。しかし舜也が抜かれるとすぐに沖さんがカバーに入るので、実際のところは舜也と沖さん、二人が荒橋をマークしているようなものだ。後半から出場して元気のある舜也は、抜かれても抜かれても全速力で追いついて食い下がり、それが負けん気を刺激するのか、荒橋も意地になって一対一に固執する。
結果として荒橋の中でリズムが狂いだし、前と比べてシュートミスが多くなった。さらに江清のオフェンスでは、縦横無尽に駆け回る舜也の動きに刺激されて先輩たちの動きも俄然良くなり、五十一対三十九の十二点差に縮まって、第三ピリオドを終えた。




