提案
何人かの選手を経てボールはやはり駒池の得点源である荒橋選手に行き着いた。重量級の柔道選手のように太めの体である荒橋は相変わらずドリブルでの動きが鈍い。マークするのは沖さんだ。
横手にいた選手に一旦パスを送ると、荒橋は斜めに切り込み、ミドルレンジで再びパスをもらって即座にシュートを放った。ボールは吸い込まれるようにゴールへ入る。
先制点は駒池が決め、駒池の後輩たちがギャラリーで盛り上がった。
「荒橋ぃ! もっと重心を意識してボール取れ! 体が流れた状態で打ってるぞ!」
横岸監督が飛ばす檄の迫力も、ベンチから聞くと五割り増しだ。
両チームとも前大会とスタメンメンバーがほとんど同じなら、戦法も同じで、試合の展開もまた前と同じだった。最多得点を決めているのは駒池が荒橋で江清は沖さん。しかし二人の一騎打ちは荒橋に分があり、点差は開く一方だ。
舜也は応援に参加しながら、冷静に試合を観察していた。敵の情報、味方の状態、試合の展開。一つのプレーがきっかけとなってそれらはすぐさま大きく変動する。第一ピリオド終了のブザーが鳴ったとき、得点は二十五対十で駒池がリードしていた。
「広宣、第二ピリオドから行くぞ。念入りにウォーウアップしておけ」
インターバルの間、九間先生が広宣にそう告げた。「はい」と返事して広宣が立ちあがる。第二ピリオドからは不亜先輩の代わりに広宣が入り、沖兄弟揃って臨んだ。
広宣は三上と一緒にボールを運びのサポートに回り、ガードから外れた沖さんがフォワードのポジションに移って再度、荒橋に一対一を挑む。ワンオンワンに専念できるようになった沖さんは、荒橋との戦いで後れを取ることが少なくなったものの、チームとして決定的な反撃のきっかけは掴めることができずに第二ピリオドが終わった。
前半終了。得点は三十九対二十一で、十八点もの差が開いている。
「樋川」
九間先生が舜也を呼んだ。
「次で広宣と交代だ。今のうちにオフィシャルに交代を申し込んで来い」
「はい!」
舜也は両チームのベンチに挟まれたオフィシャルへと駆けた。ちょうど江清ベンチ側のオフィシャル席にはETが座っている。舜也はETに短く言った。
「交代お願いします」
ETは何か言おうと口を開いたが、舜也の顔つきを見て急に取り止めた。ひょっとしたら茶化そうとしたのかもしれない。「はい」という事務的な返答してあとは作業に移った。すぐさま舜也も沖さんのところに駆け寄る。あまり大げさな動きをすると作戦練っていることが駒池にバレてしまうので、自然な態度で話しかけた。
「沖さん、俺、第三ピリオドから出るんですけど、ちょっと作戦があるんです」
沖さんは少し驚いたようだったが、促した。
「言ってみ」
舜也がかいつまんで作戦の概要を話す。沖さんは提案を聞いてしばらく考えていたが、インターバルが終わって選手がベンチに下がったとき、主要選手全員に舜也の作戦を実行することを伝えた。
「本当にやるんすか、そんなこと?」
不安を隠せずに土居が尋ねた。
「ああ。どうせこのままじゃ試合が終わるまでジリ貧なんだ。物は試しでやってみてもいい」
「樋川、お前自信あるんだろうな?」
百八十一センチの冷前副キャプテンが舜也を見下ろして言った。確認を取るというより気遣うような口ぶりだ。
「自信というか勝算があります。脚なら絶対僕が速いです」
土居も冷前も思わずお互いの顔を見合わせる。最後に沖キャプテンが九間先生に聞いた。
「いいですか? 先生」
九間先生がうなだれるように頷いた。
選手がコートに入り、第三ピリオドを告げるブザーが鳴る。江清のスローインからスタートだ。パス出しするために舜也がエンドライン外に出た。普段の練習で馴染んでいるコートだが、今、舜也の目の前には白地の黄色い線が入ったユニフォームを着た選手が立っている。汗ばみ、強く呼吸し、敵愾心に満ちた目で自分を見つめてくる。しかしその表情に、若干の驚きが浮かんだのを舜也は見逃さなかった。他の選手と比べて十センチ以上も背が低いので戸惑っているんだろう。
せや。俺は背が低い。土居さんや冷前先輩のようにゴール付近を支配することはできひん。その代わり、ゴール付近以外のコートを制したる。
舜也は独り言ちた
「さあ、勝負や」