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緒富心乃

 緒富心乃おとみしんの舜也しゅんやの姿を見て、口からトロンボーンを離さずに演奏を止めた。お互いの距離は三メートル。目だけが舜也を覗きんでくる。ウサギやリスといった小動物と対峙しているようだ。


「あ、練習中にごめん。邪魔やった?」


 ブウウン。とトロンボーンを吹かせながら緒富心乃が首を横に振った。


「ちょっと聞きたいことがあんねんけど、ええかな? 一分で終わるから」


 ブン。とトロンボーンを吹かせながら緒富心乃は縦に首を振る。変わった子やな、と思いながら舜也が構わず続けた。


「俺、一年一組バスケ部の樋川といかわ。俺らの一コ上の先輩で彼女が欲しいって喚いてる人がおってな。ちょっと一年の中で気を利かせて二年生女子の中で気がある人おらんかなーって調査してるところやねん。な?」


 舜也が後ろを振り返る。しかしそこには誰もおらず、机とイスがあるだけだった。かすかに扉付近で人の動く気配がする。長塚ながつかたちは話しかけるのが恥ずかしくなって咄嗟に隠れたようだ。たまらず舜也は唇を噛んだ。

 この裏切り者ども!


「ああーえっと」


 気を取り直して舜也が緒富を振り返る。緒富はトロンボーンから口を離した。


「どうやろ? 吹奏楽部の先輩女子の中で男子バスケ部に気があるって子、聞いてへんかな? もちろん内緒にするから」


「うーん、あたしは聞いたことないなー」


 のったりとした口調で緒富が告げた。


「ほっか。じゃさ、だいたいでいいんやけど吹奏楽部女子で人気のある男子って誰? やっぱサッカー部の人?」


「サッカー部は人気高いねー。野球部よりファン多いと思うよ」


 一旦区切ってから、緒富が笑いかけながら聞いてくる。


「バスケット部も大変だよね。怪我とか多くない?」


「うん、まあ練習はしんどいで。怪我も多いって聞いてる」


「相手選手と激しくぶつかったりするんでしょう?」


「うん。ゴール下はようぶつかってるな」


「ボール持ったまま長い距離を走るんだよね。ゴールすることをタッチダウンって言うんでしょ?」


「せやな。ボール持って体育館走ってリングにドカーンと入れることをタッチダウンって、それアメフトやろ! バスケットちゃう!」


 ついノリツッコミしてしまった。わざとボケを振ったのかと思っていると、緒富はポカンとした表情だ。


「あ、バスケットじゃないんだ?」


「全然ちゃうよ」


「じゃアメフトって何?」


「ボール持ったまま長い距離を走ってゴールすることをタッチダウンって説明が重複しとる!」


 舜也が嘆き気味に言った。あかん。相手のペースにはまってしまう。緒富はのんきに「あそっか」と納得している。こやつ、天然っ子や。


「話を元に戻すとやな。吹奏楽部女子の好きな男子のタイプを教えてくれへん?」


「好きなタイプは人それぞれ違うよ」


「それもそやな。ちなみに君の好きなタイプは?」


「あたしはねー…面白い人」


 強引すぎたかと一瞬冷や冷やしたものの、緒富は素直に自分のタイプを教えてくれた。

 笑いを取るときは基本的にボケ倒すことが多い舜也にとって、ここまで否応なくツッコミに振り回されてしまう相手とはなかなか出会ったことがない。誰と付き合うにせよ、この女の子の彼氏になる男は大変やろうな、と舜也は内心思った。


「そうなんや。もし先輩の女子で男子バスケ部に興味があるって人わかったら、教えてくれへん?」


「うん、いいよー」


 ありがとう、練習邪魔してごめんな、と言って舜也は教室から出た。ドアの後ろ側には長塚ながつか浦瀬うらせ滝津たきづが中腰で待機している。


「どうだった?」


 長塚が聞いてくるのを舜也はため息交じりで答えた。

「面白い人がタイプらしいで」



 関西弁ってなんであんなに面白く聞こえるんだろうなー。


 緒富心乃おとみしんのはトロンボーン演奏を再開しながら、今来た背の低い男の子を思い浮かべていた。彼のことは噂で聞いてる。春に大阪から転校してきたらしい。授業中も常にふざけて皆を笑わせているみたいで、現国の小谷先生が「一組以外での授業が平和に思える」と漏らしていた。


 どうしよう。あの男子から〝好きやねん。付き合ってくれ〟って言われたら。


 きっと放課後の帰りもデートも笑わせてくれる。

 ゲームセンターではUFOキャッチャーに挑むんだけどとても下手で、目当ての人形を取るために何度も何度も挑戦して、その間もずっと面白いこと言いながら騒いで、最後に取ってくれると私に「ん」プレゼンとしてくれたりして。


 それでお金がなくなったときに不良とかにカラまれて「ここは任せてお前は早く逃げろ」って、あたしを逃がしてくれて自分は不良たちにボコボコにされて、あとで公園とかであたしが傷を手当したりして。


 あたしが「どうして逃げなかったの」って聞いたら涙ぐみながら「あいつらが心乃を追いかけるのが怖かったから」とか言ってくれて。そして手当てが終わってからニッと笑って「ありがとう、次は一回で人形取るからな」って言ってくれたりして。


 なるかなー。そんなふうに。なったらいいなー。

 あたしもお笑い番組とか好きでよく見てるから、もしかしたらそれがキッカケで仲良くなれるかも。オスワリ!って深夜番組知ってるかな? 今度話す機会があったとき聞いてみよう。


 面白い男子って、ポイント高いよねー。


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