調査
「なあんで一ヵ月後に倒そうとしてる相手チームと練習試合なんか組むねん!」
練習後、拷問坂を下りながら舜也が頬を膨らませて言った。沖キャプテンが部活を引退した今、自主練フットワークに取り組んでいるのは舜也と広宣の二人しかいない。
舜也の前を歩いていた広宣が振り返る。
「確かに。しかも駒池はまだ三年生が引退してないから、俺たち新チームの情報だけが向こうに伝わっちまう」
「不利やん! 八月に試合するときどないせえっちゅうねん。あ、もしかして騙まし討ちする気なんかな。練習試合ではわざと手を抜いて油断させておいて、本番で想定外の奇襲をかけるとか?」
「いや、単に駒池の横岸監督の依頼を断りきれなかっただけだと思う」
「せやろな」
九間先生の電話での対応ぶりが目に浮かんだ。ヤクザの親分が子分に命令するような構図で、九間先生は二つ返事したに違いない。思い出したように広宣が言った。
「騙まし討ちってほどじゃないけど、こっちの戦力を全てアピールするわけじゃないと思うよ」
「どういうこと?」
「練習試合では兄貴が参加するんだ」
「え、マジで!」
「昨日兄貴から聞いたんだけど、そもそも駒池の要望は兄貴を試合に出させてほしいってことだったらしい。駒池はこれから進む県大会を見越して試合したいんだろな。このへんじゃ兄貴のレベルは飛び抜けて高いから」
「なんか俺ら、生贄みたいなや。でもということはやで、練習試合で沖キャプテンと一緒にプレーできるんやな」
「そうなるな」
舜也と広宣が同時に笑った。
練習試合前日の土曜日の朝。
男子バスケ部一年生内でちょっとした騒ぎがあった。ETこと千ヶ崎栄太が、二十三期生三大美人の一人、四組の緒富心乃が好きであるということが判明して、いっそ告ってしまえよという話で盛り上がったのだ。舜也は知らなかったことだったが、実はETは小学校四年生のときにも緒富へ告白していて、あえなく振られてしまった経験があり、しかもその話はかなりの男子が知っているらしい。それでもETは緒富心乃への好意を今も持っているというのが〝内緒の話〟だったが、どこをどう伝ってどう漏れたのか、一年生の中で一気に広まってしまった。
「確かに緒富はかわいいからな。忘れられない気持ちはよくわかる」
「俺はどっちかというと姫野がいいな」
「三大美人の中だったら誰でもいい」
練習前にこんな話をしているうち、冷淡に対応するET本人を放っておいて「ETに協力しよう」という流れになり、まずは緒富に今好きな人がいるかどうか、もしいないのであればどんな人が好きなタイプかを聞いてみようとなった。
「緒富って吹奏楽部だよな。なら今日もどっかの教室で練習してるんじゃね?」
浦瀬がなんとなしに言った。今日のバスケ部の練習は午前中で、今は八時半だが、すでに吹奏楽部が演奏している音が体育館入り口にも聞こえてくる。
「おっしゃ。じゃあ今日の練習後にちょっと校内を探してみよう」
おう、と盛り上がる一年生を見て、ETはボソリと「お前らが知りたいだけじゃねーのか」と突っ込んだ。
練習終了後、早速ET以外の一年生が忍者のように校内を駆け巡る。やがて緒富心乃が三年生のクラスで練習しているとわかった。都合のいいことに教室に一人しかいないらしい。
「で、誰が話しかけてくる?」
話し合いの結果、舜也、長塚、滝津、浦瀬の四人が聞いてくることになった。
打ち合わせはこうだ。
舜也たちの先輩にあたる二年生の人で、彼女が欲しいと常々言っている原始人がいる。あまりにうるさく、この原始人の欲情を沈めるために一年生が一役買うかたちで二年生の先輩女子に気があるかどうか調べてみることになった。吹奏楽部の二年生女子の中で、バスケ部男子に好意を持っている人はいないかと尋ねる中で、さりげなく緒富の好きなタイプを聞き出す。
何度か会話を練習したうえで、四人は他のメンバーに「グッドラック」と見送られて三年生の教室に向かった。三年四組の教室に行き、こっそり中を見ると、窓際で外に向かってトロンボーンを吹いている女子がいる。「ほないこか」舜也はそう言うと、ササっと部屋の中へ入っいった。
舜也が進んでも、女子は楽器を吹くのに夢中で一向に気づかない。
開け放した窓から風が入り、カーテンが丸くふくらむ。後ろ姿を見てえらい髪の短い女子やな、と舜也が思っていると、突如、緒富心乃がトロンボーンを吹きながら振り返った。
綺麗な女の子だった。
髪はうなじの途中で切られているショートヘアーで、前髪の片側をヘアピンで留め上げ、眉毛は細く、先まで整えられている。肌が透き通るように白く、遠くから見ても潤いに満ちた肌で、楽器を持っている指も細くしなやか且つ、爪の先までもが絵画で描かれたように美しい。全体的な雰囲気としては、親指姫をそのまま大きくしたような可愛さがあった。三大美人というだけあって、容姿は舜也と同じクラスの宮原愛華に勝るとも劣らない。