新時代
五月も半ばを過ぎた頃、江清中学校は中間テストの時期を迎えた。テスト期間中は基本的に部活動禁止となるので、必然的に練習が休みになる。全てのテストを終えて答案が返される日となったとき、一時間目の理科の教科で担当の九間先生が授業開始直後に咳払いをした。
「テストを反す前に、みんなに注意事項がある」
重々しい口調から、間違いなく生徒にとって不吉な内容であることは簡単に予想がついた。
「今回のテストの中では悪ふざけした答案を書く生徒が続出した。誰がキッカケでこうなったのかはこの際いい」
一瞬、舜也と九間先生の視線が合う。
「私たち教師はみな真剣に考え抜いてテストを作っている。そんな中でわざと珍解答を書いて面白がられるのはハッキリ言って心外だ。もし今後のテストで悪ふざけと確信する答案があれば、その生徒には通常の倍の宿題を課すことにする。これは職員会議で決まったことだ。宿題は五教科全てから出される」
教室が水を打ったように静かになった。息を吐く音さえ聞こえない。
「今回のテストに関しては不問にするが、もし宿題が増えても構わないというんであれば、次回の期末テストでも凝った解答を書くように。では出席番号順に答案を取りに来りにきなさい」
授業が終わると、舜也の席の周りに多数の男子が集まってきた。
「九間先生、めっちゃ怒ってたな。やっべえ、俺、舜也の真似してボケ解答書しちった」
「俺も…」
野球部と柔道部の生徒が気弱そうに言うのを見て、舜也が勢いよく言った。
「こんなんでいちいち怒ってたら大阪では十秒もたへんで。宿題がなんや! 次の期末でも俺はボケる!」
「マジか」
「五教科で宿題が倍だぞ?」
「その宿題の中でもボケ解答書いたるわ」
「おお…大阪ってすげえところなんだな」
「せやで。気の弱いやつは新幹線で新大阪駅を通り過ぎるだけで意識失うからな。てなわけで、はよテスト見せてや。珍解答選手権やろ!」
その休み時間、舜也の席の周囲は異常な笑い声で盛り上がった。
舜也の五教科の合計点数は四百四十点。テストは八十点以上ばかりで、授業中ふざけてばかりいるのにもかかわらず成績がいいことは皆に不思議がられた。意外なのは、真面目な性格の沖広宣が五十点を前後する答案であることだ。広宣いわく、バスケ以外のことは諦めてるらしい。ETは勉強がからっきしで、一番高い点数が三十点という有様だった。
テスト明けの翌週には三年生に修学旅行が待っていた。二泊三日の行程で、その間の練習は一年生と二年生の合同になる。そのときの一対一の練習で、一年生は二年生と戦うことになった。舜也の相手は、入学式の日にシュート勝負した先輩の三上だ。舜也の身長は百四十センチ。三上の身長は百五十一センチ。舜也の前に立った三上が嬉しそうに言った。
「やっとお前と戦えるときが来たぜ。二ヶ月前のシュート勝負のリベンジさせてもらうからな」
「よろしくお願いします!」
舜也も闘志を燃やした。
ワンオンワンでよく戦っていた広宣と違い、三上さんは積極果敢にスリーポイントを打ってくる。しかし敏捷性や脚の速さはわずかに舜也の方が上だ。
トンボ同士の追いかけっこのようなスピードバトルを見ながら、土居と冷前が舌を巻いた。
「樋川は脚が速いな。スピードならテルよりも上だろう」
冷前先輩が分析した。土居も同意する。
「あれでドリブルテクとシュート力がついたらレギュラーは間違いねえだろうな。…なあ、ずっと気になってたんだが、吉丸中の十和田と舜坊ってどっちが背高いと思う?」
「さすがに十和田じゃないか? 春大会で見かけたときは百五十センチぐらいあったように見えたけど」
「レベルも向こうの方が断然上だしな。舜坊が十和田ぐらいまで上手くなってくれたら面白いんだけどな」
「それってお前、樋川に県内一位のポイントガードになれって言ってるのと同じだぞ」
「だからさ、なってくれたら面白いよなって話だよ」
「土居、冷前! 喋ってないで体を動かせ!」
九間先生に叱られ、慌てて二人はワンオンワンを続行した。
舜也と三上先輩の戦いは、十八対十二で三上先輩の勝利に終わった。舜也が天を仰ぎながら悔しがる。
「くっそー。もうちょっとやったんやけどなー」
「あっぶねえ。思ってた以上に接戦だったわ」
「次回もお願いします!」
「おうよ。何度だって勝負してやるぜ!」
三年生が修学旅行から帰ってくるまでの間、一年生は最後まで全体練習に参加した。この時期になると、一年生の何人かは二年生との練習の中でも活躍することが多くなってくる。総体に向けたバスケ部の練習は続き、やがて六月に入って三週目に、総体の予選を迎えた。
予選リーグは市立の体育館で開催され、江清のバスケ部は保護者の車で送迎される部員以外、大多数が電車でそこまで行くこととなった。市内大会では二位の成績を収めた江清も、さすがに県規模の大きな予選となると圧勝というわけにはいかず、賦磨台という中学校に十二点差で敗れてしまう。次の試合で勝てればまだ得失点差で予選リーグを勝ち上がれる可能性があったのだが、舜也たちの応援の甲斐なく須和南という中学校に五点差で負けてしまい、その時点で予選敗退、そして三年生の引退が決まった。
翌日から、二年生と一年生の新時代が始まる。