駒池の実力
大会二日目。江清男子バスケ部は準決勝で見事相手チームを三十点差以上つけて勝利し、優勝をかけて決勝戦に臨むことになった。決勝の相手はおおかたの予想通り、駒池中学だ。
試合開始まで三十分前になったとき、先輩たちはアップのためにグラウンドを走りに出かけ、ほどよく汗をかいた状態で戻ってきた。さすがにどの先輩も表情が固い。三上がユニフォームに着替えなら一年生たちに顔を向ける。
「駒池OBに負けない応援頼むぞ」
「任してください三上さん! 勝ってくださいね!」
瞬時に答えたのは舜也だ。三上は笑うこともなく言った。「おう」。舜也の目からしてもどちらが勝つか予想はつかなかった。正直、個々の選手の平均レベルは駒池が上だと思うが、鈍重なエースである相手チームの荒橋に、うちのエース沖キャプテンが負けるとは思えない。
顔を引き締めた先輩たちがコートに降りていった。女子チームの決勝戦が終了し、沖キャプテンたちが代わりにコートへ入る。同じくして駒池も円陣を組んだ。
「江清―――! ファイッ! オーーー!」
「駒池―――! ファイッ! オー! ファイッ! オー! ファイッ! オーーー!」
両チームとも自軍のコートでアップを始める。駒池の応援は相変わらず迫力があった。決勝戦とあってか保護者の人も含め、昨日よりも人数が増えている。舜也たち一年生もコートを見下ろせるギャラリーに陣取り、声の限りの声援を送った。
両チームがベンチに下がり、駒池選手団による「オイ」咆哮が終わると、スタメン五人がコート中央に並び立った。挨拶が終わり、ジャンプボールで試合が始まる。先攻は、我ら江清チームだ。
沖キャプテンがボールを運び、相手の五番、荒橋と立ち合った。奇しくも両チームともにエースがボール運びのポジションであるポイントガードだ。荒橋のシュートエリアが広いのはわかっているが、沖キャプテンだってシュート成功率は引けを取らない。
最初に仕掛けたはキャプテンだ。
ドリブルのペースを急激に変え、一気に荒橋を抜こうと切り込もうとした。しかし、荒橋の反応は早く、抜けきれずに結局キャプテンが断念する。江清はパスを回すばかりで攻めきれない。二十四秒が経つまでもう数秒となったところで、キャプテンがミドルシュートを放った。シュートはリングに当たって外れてしまい、相手のセンターがリバウンドを取る。
駒池はやはり、荒橋がゆっくりとボールをついて運んできた。
その雰囲気は、背びれを海面に出してゆったり近づいてくるサメを思わせる。途中でパスを出し、ミドルエリアに入ったところで再び荒橋がパスをもらった。
沖キャプテン対荒橋のワンオンワン。
今度は荒橋が攻める番だ。
右へ抜くか。左へ抜くか。わずかなフェイントを入れた直後、荒橋は左側にドリブルをついて切り込み、キャプテンが抜かれた。荒橋はそのまま台形エリア内に入り、カバーに来た冷前の隙間を縫うよう味方へパスして、受けた選手がそのままシュートを決める。先制点は駒池だ。相手チームの応援が盛り上がる中で、横岸監督の張り声が響き渡った。
「荒橋ぃ! 中に入れるだけがパスじゃないぞ! もっと視野を広げろ!」
今度は江清が攻める番だ。
沖キャプテンなら荒橋にだって負けない。そう思っていた舜也だったが、意外にも両差の差は歴然で、荒橋に軍配が上がった。荒橋を起点に始まる駒池の攻撃はほぼ毎回成功するのに対し、沖キャプテンは三回に一度しか荒橋に勝てない。一見すると動きが鈍い印象を与える荒橋選手は、ドリブルで抜くときやディフェンスで反応するときなど要所要所で瞬発力を発揮し素早くなる、と舜也はこのときになってわかった。沖キャプテンと荒橋の力の差を反映させるように、スコアは駒池がリードしていく。第一ピリオドが終わったときには、二十八対十二で、舜也は初めて先輩たちが苦戦している姿を見た。
「厳しいか…」
広宣がそう呟くのが聞こえた。
「まだわからんって。たった十六点差やん!」
舜也がわざと明るい声を出して言うと、横にいた高角春吉も「そうだそうだ」と同調した。やがて駒池のスローインから第二ピリオドが始まると、駒池の応援も復活する。
「燃えろ! 燃えろ! 燃えろ駒池!…」
体育館を揺らすような応援に乗り、駒池の選手たちも威風堂々とプレーする。舜也たちも声を張り上げ応援するが、規模はどうしても駒池の応援に勝てない。高速道路の騒音に向かって声量で勝とうとしているかのようだ。
「くっそー。ホンマに火炎放射器で燃やしたろかな」
苦し紛れに舜也が言った。「消火器は任せろ」と高角春吉が乗ってくる。
試合はその後、江清に流れが傾くことなく差を広げられ、第二ピリオドが終わった時点で二十点差、第三ピリオドで三十五点差。試合終了時には四十三点も開けられ、江清の敗北で市内大会は幕を閉じた。
試合後の表彰式では、準優勝という形で沖キャプテンが賞状を手渡される。すぐ隣にいる駒池は優勝トロフィーだ。自分が出場していないながらも、舜也にはそれが悔しかった。と同時に、強さも知った。これまで練習試合やトーナメント戦で先輩たちが勝つ姿を見てきて漠然とうちのチームは強いと感じていたが、市内にもっと強いチームがいる。直近の大会で県ベスト8の実力というは伊達ではなかった。
市内にあるライバル校の実力と江清との力関係を知れたのは大きい。
三年生が引退して一、二年の混合チームになれば、間違いなく駒池がライバルとして立ちはだかる。どうすればあの駒池に勝てるか。駒池中学校から帰りの道中、舜也は対駒池戦の戦略を妄想しながら自転車のペダルを漕いだ。