駒池
五月三日土曜日。
一年生たちが初めて目にする公式試合の日がやってきた。市内にある十二校が集い、今日と明日の二日間にわたって開催される。
大会一日目は予選リーグという形式で、三つの学校がそれぞれ四リーグを作って総当たり戦を行い、三敗した学校が予選敗退となる。予選を通過した八校は二日目の決勝トーナメントに参加し、そのトーナメントで三戦勝ち上がったチームが優勝だ。
練習試合のときと同じく江清は試合会場となる駒池中学校まで自転車で向かった。場所は安須東と反対方向の町の真ん中にあり、体育館も安須東よりも新しい。
駒池中学に着くと、すでに体育館には男子と女子合わせた数十人が着ていた。各チーム、花見席を確保するようにギャラリーに場所を取っていて、コートには試合の準備が整われ、ステージ上には学校関係者用のテーブルとイスが並べられてある。
舜也たち江清男子バスケ部はちょうどステージから真正面になるギャラリーに場所を決めると、すぐに先輩たちはユニフォームに着替えて九時から行われる開会式に出席した。一年生はコートに降りずにギャラリーの上から開会式を観賞する。開会式が終わって先輩たちがギャラリーに戻ってくると、沖キャプテンが指示を告げた。
「今日の俺たちの試合は十時半からと、午後二時からと、四時二十分からになる。オフィシャル担当になってるのは初戦のゲームだから、一年生の何人かは二年と一緒にオフィシャルに出ること。あとできるだけ試合を観戦していいプレイを盗めるだけ盗むように」
一年生が背筋を伸ばして返事をした。ジャンケンの結果、舜也はオフィシャル席メンバーから外れ、荷物番担当になった。
第一試合を迎えるチームがコート上に下り、練習を始めだした。九時三十分。二つに分かれたコートで、それぞれ男子と女子の試合が火蓋を切る。舜也は、同じく荷物番となった広宣とともに男子チームの試合を見にいった。初戦の男子は、両チームも舜也の目から見て自分たち江清よりはるかにレベルが下で、参考になるプレイが拝めると思っていたぶん肩透かしをくらってしまった。これなら普段の先輩たちのゲームを見ているほうが勉強になる。女子チームに目を向けると、オフィシャル席にETがいるのが見えた。あのパーマを当てたような癖毛の強い髪は遠くからでも見つけやすい。
第二ピリオドに入った頃にはいよいよ退屈して、舜也は会場全体を見回した。対面の鉄柵に取り付けられた駒池中学の校訓と思われる〝支えあおう 仲間と共に 困難を〟の看板を見ながら、頭の中で面白い句にもじっているうち、第二ピリオド終了を告げるブザーが鳴った。
「来るぞ」
隣にいた広宣がそう言って舜也を小突いた。
「何が?」
「駒池だ」
広宣の視線を追ってコート上に目をやると、コートの端から次の試合の選手と思われる集団が駆け出してきた。自軍のコートのフリースローラインサークルで円陣を組み、掛け声を上げる。
「駒池―――! ファイッ! オー! ファイッ! オー! ファイッ! オーーー!」
体育館中の人間が振り向くような大声だった。選手たちはすぐさま円陣を解くと、ランニングシュートに入る。ベンチレギュラーではないと思われる選手が十五人ほど邪魔にならないようにコートの端へ一列に並び、手拍子を合わせながら低い声を出した。
「シュー! シュー! シュッ! シュー! シュー! シュッ!…」
後半開始までのインターバル合間のアップだというのに、これまで見たどのチームよりも熱の入った応援だ。選手の動き以上に、その派手な応援から、舜也はこのチームが強豪校とわかった。
「これが駒池! 市内でうちの唯一のライバルだ」
広宣が応援の声に負けないよう、少し声量を上げて説明する。
「県大会でも常に上位に食い込んでくる。春はベスト8じゃなかったかな。とにかくこのあたりじゃこの学校が別格で強い」
「うちら江清が試合に勝ったことはあるん?」
「ない。公式だけじゃなく練習試合も含めて兄貴が入学してから一度も勝ったことないって言ってた」
「一度もかい…」
特別背の高い選手がいるわけではないものの、平均身長が高かった。たぶんほとんどの選手が百七十センチ以上ある。ランニングシュートにしても誰もの動きが機敏で、シュートの成功率も高い。
インターバルの練習が終わると、選手たちは早々と切り上げていった。たちまち館内は気温が二度下がったように静まっていく。嵐が過ぎ去ったあとみたいだ。
「あの駒池と当たるのは今日やったっけ?」
「明日だよ。だいたい駒池が第一シード枠、俺たち江清が第二シード枠になるから市内大会ではいつも決勝で戦うことになる」
「明日か…」
「もちろん今日の予選リーグで全敗したら明日はないけど」
後半戦を迎える選手たちが自分たちのアップのためにシュート練習を始めだした。心なしか、どの選手も今しがた見た駒池の圧倒的なパーフォマンスを受けて気後れしているように見える。