作戦
インターバルが終わり、シュートを打っていた一年生が再びベンチに集合する。広宣だけが引き続き出場し、他はメンバーが入れ替わった。
両チームとも選手が大幅に入れ替わったものの、第二ピリオドも江清がリードした。試合時間で二分が過ぎた頃、舜也が九間先生から声を掛けられる。
「滝津、樋川、交代だ」
「はい」
舜也ともう一人、滝津裕介が並んでオフィシャル席に向かい、交代を告げる。味方の選手がファウルをしたのをキッカケに交代を知らせるブザーがなった。
「白、交代です」
再度、舜也がコートに立つ。江清チームがサイドラインからスローインし、試合は再開した。しかしオフィシャル席上のタイマーが何故か七分からのカウントダウンに戻っていたため、すぐに審判が笛を吹いて試合を止めた。オフィシャルスタッフのタイマー係がミスしたらしい。審判がオフィシャルの机に駆け寄る。
チャンスや。
舜也は試合が中断した隙間を狙ってメンバー五人を手招きして集めた。
「相手チームの弱点見抜いてん」
舜也はできるだけ小声で言った。
「ここまでの活躍でオッキーはめっちゃ警戒されてる。だから囮になってくれへん?」
広宣は驚いた様子で舜也を見た。舜也が続けて作戦を提案する。
「おい、なんかうちの一年が円陣組んでるぞ」
二階のギャラリー席で試合を観戦していた不亜が後ろにいた土居に声を掛けた。自家製蜂蜜漬けレモンを三枚同時にほお張っていた土居が立ち上がってコートを見る。
「ほんとだ。何かゴニョゴニョやってんな」
ちょうどそのときタイマーが動き出し、元の残り時間を表示した。トラブルが解決して審判がコートに戻ってくる。それを見て舜也たち一年生も円陣を解体して元の位置へ戻った。
滝津裕介がサイドラインから舜也にパスを出して試合が再開する。舜也がドリブルしながらセンターラインを越えて相手側コート内に入ると、予想通り相手のほとんどの選手が広宣の動きを視界に捉えているのが見て取れた。
広宣と舜也の目が合い、広宣が動き出す。
スリーポイントライン付近で待機していた広宣が、突如台形エリア内に走り出し、フリースローラインに近いハイポストの位置でゴールに背を向けてパスを要求した。先輩たちの試合で土居が見せたポストプレイだ。すかさず相手選手の二人がカバーに入り、パスを通さないように広宣を囲む。と、舜也は広宣を無視してゴール下に向かって山なりのパスを投げた。安須東の選手がみな目でボールを追う。ゴール下にはいつの間にか江清の選手が入っていた。広宣のカバーのためにマークマンが離れてしまったのを受けて今はノーマークだ。舜也のパスを受けた選手は一人悠々とゴール下からシュートを放つ。いとも簡単に点が入った。
「ほう」
ギャラリー席からコートを見下ろしていた土居が感嘆の声を上げた。流れるような一連の動き。パス出しのタイミングがあまりに上手かったので、おそらくさっきの円陣のときに動きを仕組んだんだろう。
戦略的な攻撃は次も続いた。
舜也がドリブルをついていると、広宣がパスを受けようと台形エリアを横切る。安須東の選手たちは広宣を警戒して動いたものの、舜也はあえてパスを送らなかった。流れ星がすぎ去るように広宣がコートを走って横切った次の瞬間、全く同じ軌道を味方の滝津裕介が走りこみ、舜也はそこへパスを出した。広宣がパスを受け取れなかったことに安心していた安須東は虚を突かれ、さらに台形エリアから敵選手がいなくなってスペースが空いたところを、滝津裕介がレイアップシュートで決めた。
「ナイッシュッ!」
舜也が滝津に笑いかける。
舜也が参戦してから江清の攻撃パターンが確実に変化した。
それまで得点源の広宣に頼りきっていたパスが減り、舜也が隙を見つけてマークの空いた選手にパスを出す。残り四分になったところで広宣は交代してしまったが、舜也は相手コートまでボールを運び、前回とは違う種類の攻撃になるようパスを出して最後まで出場し続けた。結局、第二ピリオドの終わりを告げるブザーが鳴ったとき、江清と安須東のスコアは四十対十八となり、二十二点もの差が広がっていた。一年生の試合はそれまでと打ち切られたので、江清一年生の勝利に終わった。
「どうせなら最後までやりたかったな~」
一年生のゲームが終わり、再び先輩たちが打つシュートのリバウンドを取りながら、舜也が誰ともなく言った。すぐ横にいた浦瀬も同意する。
「確かにな。でもま、勝ったんだからいいじゃん」
「せやな」
舜也はリングに当たって大きく跳んでいったボールを走って追いかけた。
先輩たちの試合は半日で合計三試合行い、三戦全勝で終えた。最後に一年生の試合がもう一回あったのだが、それは一回目の試合で出れなかった一年生が出場したので舜也は出れず、二回目の一年生試合もまた安須東に完勝する。
相手の監督と選手に挨拶をして体育館を出ると、江清中学の男子バスケ部は朝来た道を自転車で戻り始めた。
江清中学に帰ると、道具を戻してから九間先生によるミーティングがあり、今日はそこで解散となった。
沖兄弟も二人で風を切りながら自転車を漕いでいた。当然話題は今日のゲームに関することで、ふとキャプテンが思いついたように広宣へ尋ねる。
「そういえばさ、一回目の一年生同士のゲーム中、第二ピリオドの序盤で樋川を中心に円陣組んだろ? あのとき何話してたんだ?」
「ああ。舜が相手チームの弱点見つけたって切り出してさ。あいつ鼻血で試合に出れなかった間、相手やうちらの動きを観察して分析してたみたいなんだ。ええと、細かい指示はもう忘れたけど、相手チームはボールとか俺とか目立つものに寄ってくる傾向があるから、俺を囮に使って他の味方にパスを送るってこと言ったな。実際、舜が言った通りに相手の裏をかけたよ。俺の動きも向こうにかなりマークされてたし」
「それ、樋川が一人で考えたのか?」
「たぶんそうだと思う。少なくとも俺はインターバルとかで相談されてない」
沖キャプテンが思慮深げに遠くを見据える。
「だとすると、面白い選手に育つかもな」
「俺もそう思った。兄貴さ、五月のゴールデンウィークに市内大会があるだろ。少しぐらいなら舜を出せないかな」
「んーそれは無理だな。まだベンチ入りできるほど実力も知識もないだろ。それに駒池との試合にもまだ出させたくない」
キャプテンが一度言葉を切り、視線を前へ向けながら続ける。
「大敗するのが目に見えている試合に出場させて精神的な傷負っちまうと、その後のバスケプレイに支障が出ることもあるからな」