試合デビュー
「試合!」
舜也は全速力で土居のすぐに横に移動した。土居が持っていたボールをおもむろに舜也に渡す。
「じゃな、頑張れよ」
そういって汗を拭きながらギャラリーへ上がる階段の方へ歩き出し、ベンチからは九間先生の声が届いた。
「樋川君。一年生がみんなそろったらランニングシュート始めなさい」
「はい!」
舜也はその場でボールをついた。試合! 試合! 試合!
一年生全員が揃ってからランニングシュートとパス練習、そして各自、自由に打つシュート練習をこなしていった。相手コートに目を向けると、たどたどしい様子で似た練習をしている。ぱっと見たところ、相手もそう上手くないようだ。やがて集合がかかり、一年生は九間先生を中心に囲むようにして半円を組んだ。
「君たちの課題は先輩たちの真似をすることだ」
九間先生が開口一番言った。
「スターティングメンバーは、沖広宣」
「はい!」
広宣が声を上げた。沖キャプテンの弟という以前に、一年生の中で一番上手いことが九間先生にもわかっているんだろう。
「樋川」
「はい」
名前を呼ばれて反射的に舜也が答えた。
「長塚、高角、浦瀬」
先生が順に呼び、三人ともすぐに返事をした。
「以上、五人だ。繰り返すが、先輩たちの真似をすること。いいな?」
「はい!」
他のメンバーがベンチに座り、舜也が屈伸を始めたとき、ふと気になって九間先生に尋ねた。
「あの先生、僕らユニフォームがないんですけど」
「気にしなくていい」
九間先生が淡々と言った。
「向こうの監督にもちゃんと伝えてある」
舜也が相手側に目を向けると、安須東の一年生たちは今の今まで先輩たちが着ていたゼッケンユニフォームを身につけていた。江清選手のユニフォームと違い、安須東はTシャツの上から着れる簡易なゼッケンのため一年生でも使い回しできるのだ。
ま、いっかと舜也は思い直した。ゼッケンがないのは向こうにとって不利になるはずだ。こっちは相手の番号で識別してマークすればいいが、安須東にとってみれば顔や体格で判別するしかない。
舜也は、このスタメン五人の中で一番背が高い高角に声をかけた。
「えっと高角…やったよな?」
「ん? うん」
目鼻立ちがはっきりとした顔の高角は、肘を伸ばすストレッチをしながら舜也を振り返る。
「自分、この中で一番背高いよな? 身長なんぼなん?」
「百五十九」
百五十九。ということは、百六十一センチのETに次ぎ、一年生の中では二番目に背が高い。
「初っ端のジャンプボールを跳んでもらいたいんやけど、みんな、ええかな?」
舜也が他の三人に聞くと、みな一様に同意した。
「ほな、頼むわ」
「おっけ。ま、最初から俺が跳ぶ気だったけどな。勝とうぜ、舜也」
「もちろんや。ちなみに下の名前はなんていうん?」
「はるきち。高角春吉」
「ええ名前やな」
「そうか?」
審判が「整列!」と声をかけた。舜也たち五人は、普段の練習着である短パンTシャツ姿のままセンターサークルへ向かう。サークルを境に相手と対峙した。
「ではこれより一年生の試合を行う。礼!」
「お願いします!」
高角がサークルの中心に入った。相手のジャンパーも当然一番背の高い選手だったが、高角より三センチばかり背が低い。
審判の手からボールが上空に放たれ、両選手が跳んだ。身長でリードしていた高角が制し、ボールは舜也の手に渡る。
ボールを取った途端、相手マークマンが手を伸ばし、プレッシャーをかけてきた。舜也は取られないようにしばらくピボットで動き回ってからドリブルをつく。その間、味方は全員相手コート側へ走っていた。舜也は横手にパスをもらいに来た広宣にパスする。
広宣はボールを持って相手マークマンと対峙した。二秒ほどしてからもう一度舜也にパスを戻す、かのような素振りを見せ、一気にドリブルをついて相手を抜きさった。スムーズにドリブルをつき、やすやすと相手のスリーポンエリア内に入り、そのまま行くかと思われたが、カバーに来た相手選手が道を塞いだため、広宣は一メートルほど横にいた長塚にバウンドパスを送った。
パスを受けた長塚は、すぐさまドリブルで相手の台形エリア内に侵入する。しかし途中でドリブルの手元が狂い、思わずボールを持って立ち止ってしまった。すぐさま二人に囲まれ、長塚はボールを取られてしまう。
今度はディフェンスの番だ。
そう舜也が思った矢先、長塚からボールを取った相手選手の八番が、一気に江清側のコートへとロングパスを放った。ぎょっとして舜也が自分のコートを見ると、ゼッケンナンバー九番の選手が、ロケットスタートした短距離選手のように全速力で走りこんでいる。
カウンターだ。
負けじと舜也も全速力で後を追う。舜也にとっては幸いなことに、投げたパスのコントロールが悪く、右側のスリーポイントライン付近でコートから出そうになったボールを九番はなんとか手に取った。その隙に舜也が追いつき、ゴールとの間に立つ。九番は舜也を抜き去ろうとドリブルで右を突いてきたが、舜也は敏捷性を活かして先回りし、行き先を塞いだ。
そう簡単には抜かせない。
舜也と九番が一対一を繰り広げている間に、他の選手たちが追いついてきた。速攻が失敗した九番は恨めしそうに舜也を見てから、横に来た七番にパスを送る。必然的に、舜也はこの九番をマークすることになった。九番はパスをもらおうとコートを縦横に走りこむ。が、舜也はパスが渡らないように九番にくっついて後を追った。どうやらこの九番は足に自信があるらしい。舜也はボールから目を離し、まじまじと九番を観察した。
おもろい。どっちの足腰が強いか勝負や。
「舜!」
横から広宣の声がして顔を向けた途端、ガツンと顔に衝撃が走った。焼けたように顔が痺れる。最初は何がなんだかわからなかったが、すぐにボールが顔面に当たったのだと理解した。審判が笛を吹き、試合を止める。「レフェリータイム!」
「舜、大丈夫か?」
すぐさま近くにいた浦瀬が駆け寄ってきた。
「だ、いじょう…」
舜也は何か鼻の奥から水滴が流れてくる感覚を感じ取った。鼻水が垂れてきたのかと思い手の甲で拭くと、甲には真っ赤な線が走っている。
「鼻血だ!」
両選手が騒ぎ出した。あまり痛みは感じなかったものの、コートに血痕をつけるのはイヤだったので、こぼれないよう必死に手で血を受け止めた。
当然舜也は交代となり、味方からティッシュをもってきてもらってベンチの一番奥に腰掛けた。鼻にティッシュを詰め込んだと同時に、試合が再開する。