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安須東(あずひがし)

 迎えた翌週日曜日。四月にしては暑いと感じられるほどの好天に恵まれ、江清こうせい中学男子バスケットボール部は全員が午前八時に自転車に乗って校門前に集合した。先輩たちはみな、上下揃った黒いチームジャージを着ている。背中には銀色の筆記体で「KBBC」というロゴが入っていた。意味は〝江清バスケットボールクラブ〟の略らしい。


 出発前の軽いミーティングのあと、沖キャプテンから全員に学校指定のヘルメットが渡された。生徒が自転車で他校へ遠征する場合、必ずヘルメットをつけなければならないのが校則なのだ。面倒やなと思いながらも舜也しゅんやがヘルメットを被ると、あまりに大きすぎて目まで隠れてしまった。


「キャプテン、もう一つ小さいサイズのヘルメットないですか」


「ない」


「そんな。このヘルメ大きすぎですよ。これじゃかえって事故起こしますって」


「サイズはこれだけだ。頭の上にタオルでも置けばいんじゃないか」


 言われて頭とヘルメットの間にタオルを挟んでみたところ、ちょうどいい位置にヘルメットを固定することができた。その様子を見ていたETこと千ヶちがさきがボソリと呟く。


「小さいってほんと大変だよな。心から同情するぜ」


「俺が小さいんやない。周りがデカ過ぎるだけや」


「妖精かお前は」


「せやねん。実は俺、森から都会に出てきた大きな妖精やねん。良いことする人間には幸せを運んできたんで。代わりに身長を十センチ奪っていくけどな」


「ただの悪魔だろそれ」


 九間くま先生が運転する自動車のトランクに、ボールを九個と救急品などの用具を入れると、沖キャプテンを先頭として三年生、二年生、一年生の順にバスケ部は出発した。


 朝の陽光は燦々《さんさん》と輝き、サイクリング日和としても申し分ない。日曜の朝八時過ぎという時間帯もあってか、道には行き交う人や自転車がほとんどなく、生徒たちはそれぞれ談笑しながら自転車を漕いだ。一年生たちの話題は当然今日の練習試合で持ちきりだ。自転車で走ること約三十分。ついに対戦する安須東あずひがし中学に到着した。


 江清中学校は比較的田舎の雰囲気を持つ学校だけども、この安須東も負けず劣らずの僻地へきちにあった。山から下って町を通り過ぎ、林の合間にでんと校舎が構えてある。校門から入って駐輪場へ向かいながら建物を見ても、ところどころ黒ずんでいたりツルが伸びていたりして、外観はお世辞にも綺麗とは言えない。


 生徒を見送って後から出発した九間先生は、さすがに自動車なので先に安須東中学へ来ていた。一年生が荷物持ちとして先生のトランクから用具を取り出し、整然と並んで体育館へ向かう。体育館の中へ一歩入ると、おきキャプテンが「整列!」と声をかけ、江清中学の面々は一列に並んだ。全員が揃ったのを確認してキャプテンが声を張る。


「きょうつけ! 礼!」


「おはようございます! よろしくお願いします!」


 舜也は先輩にならって一礼して顔を上げると、改めて体育館の様子を観察する。相手チームに長身の選手はいない。それどころか、うちのチームよりもやや小柄な人ばかりだ。体育館はまるまる男子バスケ部によって貸しきられていて、ステージ側のコートにはすでにベンチとしてパイプイスが並べられ、両ベンチの中央には長テーブルの上にタイムキーパーが置かれてあった。安須東中のバスケ部員はほとんどがモップで床を磨いている。舜也たちの挨拶に応えて、口々に「おはようございます」と返した。


「荷物は上のギャラリーに置くぞ」


 キャプテンがキビキビと指示を出し、江清中学の部員は床掃除の邪魔にならないよう、体育館を壁沿いに進んで、ステージ横の階段から上のギャラリー席へ上がった。


「財布なんかの貴重品は貴重品袋に入れろ。ユニフォームに着替えたら荷物を持って下へ行くぞ。一年生はちゃんと用具を持って下りろよ」


「しゃあっ! 燃えてきたぜ」


 ユニフォーム姿に着替えた土居どいが肩を回しながら気炎を吐いた。なんだか舜也たち一年生にも緊張が伝わってくる。

 舜也が救急箱を持って移動する際、ステージ前で九間先生が相手チームの顧問らしい人に頭を下げているのが目に入った。相手チームの監督はかなり年配のおじいさんで、中肉中背の白髪頭だ。笑顔をたたえながら九間先生と会話し、いかにも人の良さそうなおじいちゃんである。


 一年生を含めた江清中学全部員がフロアに下りると、それぞれ荷物をベンチに置いてから自軍チームのフリースローラインのサークルで円陣を組んだ。キャプテンが声を張り上げる。


「江清ーーー! ファイッ!」

「オーーーーー!」


 その後は普段の練習と同じように、ランニングへと移った。試合には出場しない一年生たちも、ランニングと準備体操には参加する。準備体操が終わった後、いつもならフットワーク練習に入るところ、キャプテンが声高に「ランニングシュート」を指示した。


「一年たちは横でパス練だ」


 鶴の一声で舜也たちは脇に追いやられ、いつもやっているパス練習を当てられた。

 いつもと違って対戦相手がすぐ横にいるので、先輩たちも自然と表情が固くなっている。一方で、相手に少しでも余裕を見せるために辛そうな顔はをおくびにも見せない。試合前のピリピリとした意地の張り合い。陸上の短距離選手としていくつか試合に出た経験のある舜也は、団体競技も同じなんやと思った。


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