練習試合
四月も二週目が終わり、後半へ差し掛かってくると、だいたい新生活にも慣れてくる。男子バスケ部の一年生は相変わらず本格的な練習には参加できず、コートの隅でドリブルやパスの基礎練習、そして筋トレを課される日々が続いた。一週間のうち、火曜日と木曜日は女子バスケットと女子バレー部が体育館を使うため、男子バスケット部は体育館を使わない練習が主になる。どんなことをするかといえば、まず空いている三年生の教室に入り、一時間ばかり今後の練習内容や戦略を練るミーティングだ。ただ最初の週のミーティングは、二年生がバスケのルールを解説し、一年生がノートに取るという作業で大部分の時間が割かれた。これは江清中学バスケ部の伝統らしく、まず三年生が一人の二年生を当て、当てられた二年生が教壇に立って解説を行う。
一回目のルール説明では沖キャプテンが土居を当て、二十四秒ルールの説明を求めた。土居が教壇に立ち、ウホンと咳払いする。
「バスケは攻撃側が二十四秒以内にシュートを打たなけりゃ、相手ボールになるんだ。二十四秒の始まりはスローインからで、二十四秒経つとブザーが鳴る。ちなみに二十三秒とかギリギリで打ったシュートがブザーの鳴ったあとに入ったときも、得点として認められるからな。要は、シュートとして打ったボールが空中にある間は得点として有効ってことだ」
一年生が一斉にノートに走り書きする。その他、次々に三年生から当てられた二年生が土居にならってよどみなく説明していった。スローインの際、五秒以内にパスを出さなければならない五秒ルール、フロントコート内に八秒以内に入らなければならない八秒ルール、プッシングやハッキングといったファウルの種類など、覚えなければならないルールはかなりある。
ミーティングが終わったあとは全体練習として筋トレに移った。人通りの少ない校舎の廊下で腕立て、腹筋、背筋を百回こなしていく。単なる筋トレでも、沖キャプテンの的確に指摘した。
「腹筋運動は、上体を起こすときに息を吐きながら持ち上げるんだ。呼吸一つ意識するだけで筋トレ効果はまるで変ってくるから」
火曜日はミーティング後に筋トレ、木曜日はミーティング後に校舎の周りを四周走って練習は終わる。コートでの練習に比べると格段に軽いが、それは休養という意味もあるようだ。
舜也は沖兄弟とのフットワーク自主練に参加して以降も、一度も欠かさず参加し続けた。他の一年生は塾があったり、ただでさえ普段の練習でヘトヘトになるのに、この上さらにキツイ自主練に参加するなどあり得ないと帰宅していく。広宣はその状況に不満があるようだが、舜也は絶好の機会やとむしろ喜んだ。ライバルが増えないのはいいことだ。レギュラーになるためならどんなしんどさにも耐え抜いてみせる。
舜也がこうして練習に励むのは、関東人には負けたくないという思いがあるためだった。なんとなく澄ました顔の人が多いイメージの関東人に負けるのは歯ぎしりするほど悔しい。
四月第三週目の日曜日、午前中の練習が終わったあとのミーティングで顧問の九間先生はいつもと同じように物静かな口調で告げた。
「来週の日曜、安須東中学との練習試合をやります。自転車で向こうの学校へ向かうので、準備をしておくように」
「試合!」
舜也の目が爛々《らんらん》と輝く。ミーティングが終わり着替えている最中、思わず土居に聞いてみた。
「土居さん、安須東ってところは強いんですか?」
「いや、めっちゃ弱え」
即答する土居に、三上が横から情報を付け足した。
「たしか前回の市内大会ではトーナメント一回戦で負けたんじゃなかったな。市内二位のうちに比べたら格下だよ。でも安須東とはよく練習試合やるんだぜ」
「え? 格下なのに、なんでようやるんですか?」
「うちの九間先生と向こうの顧問が仲いいから。ぶっちゃけ九間先生ってあんまチームを強くすることに熱意ないんだよな」
沖キャプテンが反論する。
「それは言い過ぎだろ。少なくともバスケの知識は本物だし、県内の強豪とも練習試合組んでくれるじゃん。ま、たしかに安須東とやるのは多いけどな」
「うーん、どうなんすかねー。やる気があんのかないのか…」
先輩たちが九間先生の態度で談義する一方で、舜也は格下相手と聞いて拍子抜けしていた。しかしその気持ちも、不意に飛び出した土居の一言で吹き飛ぶ。
「たぶん一年も試合することになると思うぞ」
「え! ホンマですか!」
「向こうの一年と軽いゲームな。毎年やるんだ。あ、ひょっとして一年の力量を量るために安須東とやんのかな」
来週の日曜日に試合。舜也は胸が熱くなるのを感じた。




