見学練習1
「バスケ部見学へようこそ。俺がキャプテンの沖真司だ。よろしくな。君たちはまだ正式に加入すると決まったわけじゃないから、今のところは俺の名前だけ覚えてくれ。せっかく見学に来たんだからシュート打ったりゲームしたいだろうけど、俺たちも近々公式試合があるから今は君たちに手取り足取り教えるヒマはない。悪いけどな。まあ、今日のところは全体練習のフットワークだけ一緒に参加して、あとはドリブルやパス練でボールに触れてくれ。一応、俺たちが休憩する十分かそれぐらい間だけシュートを打ってもらう時間を作るつもりだ。オッケー?」
一年生がもじもじと答える。そこへ体格の大きい先輩が飛び込んできた。二年の土居だ。
「来たなー一年ども! お前らにまずバスケ部の鉄の掟を教えとくぞ。彼女ができたら俺に報告しろ」
すかさず舜也が質問する。
「報告したらどうするつもりですか?」
「付きまとって別れさす」
「アカンやないですか」
「うっせーっ! いいか一年! 絶対に俺より先に彼女作んなよ! 作った奴は俺のバッシュを強制的に嗅がせっからな!」
「お前それ公開処刑だぞ」
沖キャプテンがやんわりと、とんでもないことを口にして一年生たちの間に笑いが広まった。これがバスケ部員同士の日常みたいだ。
「じゃ、だいだい人数も揃ったみたいだしこれから全体練習に入ろうか。一年生も一緒に入ってくれ。だいたいの流れはやりながら覚えてくれればいいから」
沖キャプテンが話を締め、振り返って部員全員に聴こえるよう、大きく「集合ー!」と一声発した。それまで気ままにシュートを打っていた部員が一斉にボールをカゴに戻して、中央のセンターサークルに集まって円陣を作る。一年生たちも見よう見まねで輪に入り、総勢三十人規模の円陣が成った。キャプテンが淡々と切り出す。
「今日は主にオールの二対二を中心で練習する。ワンオンワンのあとはツーレンで、そのあと二対二をやってから三対三。ハーフの五対五のあと、ゲームの流れだ」
舜也にはキャプテンの言っていることの半分もわからなかったが、先輩部員たちはキビキビと「はい!」と答えた。体育館が縮んだように空気が緊張する。
「目標は、来月五月初旬の市内大会優勝。今はチーププレイの戦術を煮詰めていくから、各自、個人技よりもチームを活かす技術の練習を心掛けること。じゃいくぞ」
言うとキャプテンは腰をかがめ、あわせて先輩たちもセンタサークルの中央を睨んだ。
「江清ーーー!」
キャプテンが一拍空けたのち、
「ファイッ!」
「オーーーーー!」
全員合わせた掛け声が発せられ、一年生のポカンとした顔を尻目にキャプテンが指示を出した。
「ランニング!」
「はい!」
先輩部員が誰に言われることなく二列を作り、コートの外側の線に沿うように走り始める。一年生たちもまた、先輩にならって二列を作り、後を追いかける。一年生の列の先頭は、広宣と舜也だ。体育館の片面を大きく五周回った後、部員は準備体操に移った。
「体操!」
「はい!」
ラジオ体操とは違う、首の運動から足首にかけて全身をほぐす内容だ。全員がコートを丸く囲むように散り散りに広がって、一人八秒を数えながら運動を変えていく。最後にコートに座り込んで開脚ストレッチをやり、準備運動は終わった。
「フットワーク!」
「はい!」
散り散りになっていた部員が列を成し、片面のエンドラインに集まってくる。舜也は先輩の後を付いていきながら土居の大きな声を聞いた。
「沖さん、二対二よりハーフの三三やりましょうよ! 俺、最近ミドルシュートの確率上がってきてるんです」
「三対三の練習は来週からだ。再来週には安須東との練習試合が入るらしくて、それまでに縦の連携を強めときたい」
「ちぇっ!」
不思議に思った舜也は、横を歩いていた広宣に尋ねる。
「なあ、練習メニューって全部キャプテンが考えとんの?」
「ああ、そうだよ」
「じゃ顧問の先生は何するん?」
「技術の細かいところいろいろ教えくれる。シュートのときの腕の振り方とか、バウンドパスの絶妙な位置とか。でも練習メニューはほとんど兄貴に頼ってるな」
「ふうん。顧問って俺ら一組の九間先生やろ?」
「そうだよ」
「あの人ほんまバスケできるん? 貧血で倒れる五秒前の顔してるやん」
広宣が笑ったとき、舜也のすぐ前を歩いていたキツネ顔の先輩が振り返って睨んできた。練習中に笑い声を上げるのはご法度らしい。舜也が察して「すいません」と謝った。
一定の間隔を開けて五列に分かれると、そこからバスケットコートを縦断するようにフットワーク練習が始まった。小学三年生の頃から陸上に親しんできた舜也にとっても、バスケットの足腰を鍛えるメニューは見たことないものばかりだった。中腰で、蟹のような足裁きで後退する動きから、大きく右斜め前に跳んで右足だけで着地し、今度は左斜め前に跳んで左足だけで着地して前進していくなど、脚の各部位を鍛える多彩な運動だ。全員がコートの端から端まで達すると、今度は来た側へ向かって違うメニューで戻っていく。
三往復を終えた時点で、すでに舜也の足は悲鳴を上げ始めた。うそやろ、と思いながら舜也は額に浮かび始めた汗玉をぬぐう。短距離選手として足の筋肉には自信があったのにふくらはぎの横からお尻にかけて筋肉が硬直していく。周りを見ると、大多数の一年生が同じように苦悶の表情を浮かべていた。それに比べ、先輩部員たちは息一つ乱れていない。




