8 気づかないでくださいよ
「では、その通りに話を通しておきますね。相談の日程は追って連絡させていただきます」
「はい、よろしくお願いします!!」
ロワイエさんの言葉に、私は物凄い勢いで頭を下げる。若干、ロワイエさんが引いていたのは、きっと気のせいだろう。
思いがけないお誘いに私は満足し、これで話は終わりかな、とそろそろお暇しようとした時だった。
ロワイエさんが、こんなことを言ってきた。
「あの、エイリーさん。妙なことをお尋ねしますが、何処かでお会いしたことはありますか?」
「……いえ、ありませんけど」
でも、内心はぎくり、としていた。
ロワイエさんとルシールは、直接会ったことはない(ロワイエさんのことはルシールの記憶にはなかった)、何処かですれ違っていてもおかしくはないはず。
冒険者が多いアイオーンの、冒険者省トップのロワイエ・ボーアルネと、貴族の国と名高いマカリオスの、公爵令嬢のルシール・ネルソン。
この二人が、マカリオスの王城で何かのタイミングですれ違ったとか、王家主催のパーティーで見かけたとか、そういうことがあっても不自然ではない。
というか、凄くありそうな気がする。
そうじゃなくても、ロワイエさんが、ルシール・ネルソンの顔を知っていても、おかしくはない。だって、他国にまでその悪名が伝わっているルシール・ネルソンなんだから。
「そうですか……。エイリーさん、誰かに似ている気がするんですよね」
「そうなんですか? 誰かに似てるって言われたこと、あんまりないんですけど」
ふふふ、と愛想笑いをしながら、内心気付くな、気付くなと猛烈に祈っている。本当、どうでもいいことだから、それ! 気づいたら、ロワイエさんが後悔するよ?!
余計なことに首を突っ込まなくていいから! むしろ突っ込まないで!
今日の私は、ちょっとしたミスが多い気がするなぁ。ステータスに細工するの忘れたり、ルシール・ネルソン感丸出しだったり。ここまで上手く来れたからって油断していた。
人生は皮肉なことに、いい感じにバランスが取れている。くそぅ。
と、現実逃避に、一人で反省会。
そして、ロワイエさんは――――。
「あ、思い出しました。隣国・マカリオスの第一王子の婚約者、ルシール・ネルソン様に似ているんです。
–––––––––本当にそっくりですねぇ。……というか、そのまま? えっ?」
どうやら、ロワイエさんは気づいてしまったようだ。我儘令嬢なんの、かんのなんて悪口言う前で良かったね。
まあ、別に陰口言われたところで私、何もしないけどね? え? 本当だよ?
「え、なんでこんなところにネルソン様がいらっしゃるんですか?!」
ロワイエさんは確信を持って目の色を変え聞いてくる。かなり必死だ。
まあ、当然だよね。隣国の公爵令嬢が真昼間から他国の冒険者省にいて、しかも冒険者になりたいって言っているんだから。
「気づかれちゃいました?」
てへっ、とベロを出して、可愛いらしく言ってみる。これで見逃してくれないかなぁ、くれないよなぁ。
え、ええ、ええええ。本当にどうしよう。どうしよう。どうしよう。
初日でバレるとか、どんなヘマしてんのさ!? アホらしくて笑えるんだけど。いや、笑えないけど。非常に緊急事態なんだけど。
「気づかれちゃいましたって、やっぱり本物なんですね? 御家族はこのことを知っていらっしゃるんですか?」
「…………」
言えることなど何もなく、私はわざとらしく目線を晒す。だって、ロワイエさんの目、怖いんだもん。
うわぁ。どうしよう。これじゃあ、家出少女確定じゃんね?! いや、家出少女なんて、可愛いものじゃ済ませられないよね。腐ってもどんなに悪名高くても、公爵令嬢なんだし。絶対、家に戻される。
穏便に家に戻されるだけならまだ良い方だ。国際問題とか大事になるかもしれない。
こうなったら、私の取れる策はひとつだけ。
幻想魔法を使うことだ。ロワイエさんの記憶を書き換えてしまうのだ。それしかない。
「ネルソン様、一度家に帰られてはいかがでしょう?」
ほらきた。アウト!
そう思った私は躊躇いなく、
「記憶を書き換えて」
と、魔法を発動させる。
魔法を使うのに、決まった呪文などは存在しない。大事なのはイメージで、脳内でそれが完結していればいいのだ。呪文はあくまで補助みたいなものだ。極論、『あ』とだけ言っても発動する。まあ、そんな人はいないけど。
皆、何かしらの呪文は使う。
「ねえ、ロワイエさん」
上手く魔法がかかったか、私は確認するために声をかける。
「なんでしょう、エイリーさん」
よし、上手く記憶が書き換えられているみたいだ。後はさっさと帰らせてもらおう。
また思い出されたら大変だ。
「もう、帰ってもいいですか?」
「はい、大丈夫です。お時間を取らせてしまい、すみませんでした」
ロワイエさんに許可をもらったので、私は早歩きで、部屋を出た。
とんでもない一日になったなぁ……。