閑話 シェミーという女の子
閑話二話目。
アネリは、どんどん、という激しい音で目を覚ました。
意識が徐々に覚醒していき、外からの音がどんな音なのかをはっきりと理解することができた。
銃声、悲鳴、崩壊音。
アネリが生まれてから一度も聞いたことのない音だった。平和に愛されて生きていたら、一生聞かなくていい音だった。
一晩のうちに、何があったのだろうか? 何が変わってしまったのだろうか?
この村は何もない田舎だったが、平和だったのだ。いつも、時間の流れは穏やかであった。
段々とアネリは、疑問よりも恐怖を感じるようになった。
「お母さん……?お父さん……?」
小さな声でアネリは呼びかけるが、外の激しい音に負け、聞こえるはずがない。
「……どうしよ」
幸いなことに、この家はまだ壊れていないようだ。窓から見える家の中には、燃えているものや崩れて原型のないものもある。
このまま家の中に留まるか、それとも外に出て逃げるか。
とりあえず、アネリはベットから出て、家の中を歩くことにした。外に出るのは不安だが、同じくらい家の中でじっとしているのも不安だったのだ。
「おかあ、さん? ……おとお、さん?」
幼いアネリは、ゆっくりゆっくりと足を一歩前に出す。一歩、一歩。
その間、外の音が鮮明に聞こえてくる。
悲鳴、銃声、崩壊音。
笑い声、泣き声、喚き声。
恐ろしくなって、アネリは手で耳を塞ぎながら、歩き続ける。それでも、外の音は聞こえてくる。
助けて、やめて、夢なら早く目覚めて――――。
受け入れがたい現実に、アネリの震えは止まらない。
「アネリ?!」
ふと、声がした。いきなりの出来事だったので、びくり、とアネリは体を震わせたが、いつも聞いてる声だとわかると、すぐに安心した。
「お母さんっ!」
アネリは自分の母親、アニスを見つけて、駆け寄る。
アニスは、アネリの顔を見ると気まずい笑みを浮かべた。
「……お母さん?」
「ああ、なんでもないわよ、アネリ。無事でよかったわ」
「ねえ、お母さん。どうしてこんな状況になったの? 何があったの?」
アネリは、すぐに疑問を口にした。
「……今すぐここから逃げなさい、アネリ」
アニスの口から出たのは、質問の答えではなかった。
「お母さん?! どういうこと?!」
「この争いは、貴女には関係ないことよ。だから、貴女は今すぐここを立ち去るべきなのよ。これは、私とこの村の人々の問題なの」
「どういうこと?」
「貴女が知る必要はないわ」
アニスは冷たく言い放つ。
「どうして?!」
「……話は終わりよ。今から貴女に幻想魔法をかけるわ。魔法に抗うのはやめて、受け入れて。お願いだから」
アネリの瞳一点だけを見て、お願いをするアニス。母親のこんな表情を見たのは、アネリは初めてだった。
「……どうやるの?」
「貴女は、ゼーレ族の中でも特別なの。近くで使われている幻想魔法を消すこともできるし、幻想魔法を受け入れることもできるはずなの。
やり方は簡単よ。何も考えなければいいの。幻想魔法をあるがまま、受け入れればいいのよ」
「どうして?」
この“どうして”には、『どうして、そんなことができるのか』と『どうしてそんなことをしなければならないのか』という2つの意味が込められていた。それに気づいたアニスだったが、
「アネリは先祖返りを起こして、強いゼーレ族の力を備えたからよ」
と、ひとつの方しか答えなかった。
「お母さんっ!」
「……貴女には幸せになって欲しいのよ、アネリ。最後のお願いだから、聞いて欲しいの」
「そんなこと、言わないでよっ」
――――最後だなんて、これから死ぬみたいじゃん!
アネリは、目から涙をこぼす。
そんな娘の様子を、一瞬苦しそうな顔をしてみたアニスだが、すぐに魔法を発動させる呪文を唱えた。
「睡眠魔法よ、アニス・ゼーレの名において、発動せよ」
「おか……さん」
すぐに睡眠魔法は効力を発揮し、アネリは深い眠りへと誘われた。だから、
「……ごめんなさい、アネリ。私の分まで、自由に生きて……」
そんなアニスの言葉なんて、アネリには全く聞こえていなかった。
* * *
「おい、お嬢ちゃん、大丈夫か?」
そんな呼びかけで、アネリははっと目を覚ます。
聞きなれない、低い声。意識は朦朧としているが、アネリは警戒心を忘れることはなかった。
アネリは、きょろきょろと辺りを見渡す。
そこは、木々が茂ったただの森だった。アネリの住んでいた、村ではなかった。
――――そうだ、私は。
アネリは、全て覚えていた。眠る前までのことを、全て。
アネリは、無意識のうちに幻想魔法に対抗していたのだ。
「どうして……」
そして、心苦しい感情を思い出し、涙が流れてくる。
「お嬢ちゃん、大丈夫か……?」
その声を聞き、誰かいたことを思い出したアネリは、急いで涙を拭う。
「あの、貴方は……?」
「俺は、ウェルズリ。旅する料理人だ」
――――後の『アデルフェー』の店主であり、シェミーの義父になる男だ。
「あの、ここはどこですか?」
「冒険者の国・アイオーンと、軍事の国・ディカイオシュネーの国境付近の森だよ」
ウェルズリはそう説明するが、アネリはよくわからなかった。自分の住む村がどの辺に位置するのか詳しく知らなかったからだ。
きょとん、とするアネリを見て、
「お嬢ちゃん、どこから来たか分かるか?」
と親切心聞いた。
だが、アネリはウェルズリを警戒していたので、
――――もしかして、あの村の生き残りを探しているの?
と、深読みをしてしまった。
だから、彼女のすることはひとつ。知らないふりをすることだ。
「分かり、ません」
「……何か覚えていることはあるか?」
「いいえ。ここがどこなのか、私は誰なのか、分かりません」
真剣な声音で言う、アネリを見て、ウェルズリは、ある考えが浮かんだ。
――――もしかして、あの村の生き残りか? ショックのあまり、記憶をなくしたのか……? 焼け跡のある服からして必死に逃げてきたんだろう。だとすると、両親は……。
ウェルズリは、アネリの村を襲った犯人ではない。たまたま焼き尽くされた村を通りかかっただけである。
可哀想な境遇の少女を放っておける冷たい性格をウェルズリはしてなかった。
「お嬢ちゃん、俺と一緒に来るか?」
「え……?」
「このまま森にいてもな。近くの街まで俺と一緒に行かないか?」
「……」
アネリは警戒をする。この男を信じていいのか?
「そんなに警戒するなって」
「……っ!」
そんな警戒を馬鹿にするようにウェルズリは笑った。その笑顔は到底、悪い人にできるものには見えなかった。
「取り敢えず、街まで行こう。そこからは、お嬢ちゃんの好きにさせてやるさ。孤児院に入るか、俺と一緒に旅をするか」
にかっ、と快く笑う男を見て、アネリは警戒心を緩めた。
「……わかり、ました」
「じゃあ、行こうか。……名前ないと不便だなぁ。俺が一時的に決めてもいいか?」
ウェルズリの言葉に、こくりとアネリは頷く。
「うーん、よし。お前の名前はシェミーだ」
「シェ、ミー?」
「そうだ」
「……ありがとうございます、おじさん」
「ウェルズリと呼んでくれ」
「ウェルズリさん、これからよろしくお願いします」
こうして、シェミーとウェルズリの旅が始まり、彼らは親子となり、後に『アデルフェー』を開くのだった。
シェミーとしての人生の始まりです。
次の話は、村についての補足説明を少々。




