32 踊る戦乙女と忠犬
私が冒険者省に着いても、彼らはまだいなかった。
大方、予想通りなんだけどね。むしろ、来ていた方がびっくりするし、困る。
お偉いさんを待たせちゃうって、なんだか申し訳なくなるよね。
そう思いながら、私は冒険者省の中に内接されているカフェで、コーヒーを飲んでいた。
ここのコーヒー安いし、結構美味しいんだよな。庶民の味って感じ。インスタントコーヒーを思い出す。
庶民の味覚万歳!
「あ、踊る戦乙女様じゃないですか!」
ずずず、私は聞き覚えのある声を無視して、コーヒーを飲む。
ああ、美味しいなぁ。それより、ファースたちはまだかなぁ。
「無視しないでくださいよっ!」
私の隣に座り、ずいっと顔を視界に入れてくる。
「……どちら様でしょうか?」
「普通に傷つくんでやめてもらって良いですか?!」
高価そうな鎧に身を包んだ、槍使い男・ヴィクターがガチで泣きそうな顔をした。
簡単に泣きそうになるなよ……。いつもこうしてからかってるじゃん……。
泣かれると面倒だし、このまま無視し続けても面倒なので、仕方がない、相手をすることにした。
「あのさぁ、踊る戦乙女って、呼ぶのやめろって言ったよね?」
「じゃあ、エイリー様って呼びますって、言ってるじゃないですかっ!」
「……お前そんなキャラじゃないでしょ。頭悪そうな顔をしてるくせに、敬語使うなよ」
「酷いですよ、エイリー様っ?! 俺これでも……!」
「はいはい知ってますよ。トップクラスの冒険者で、トップクラスのギルドを率いて、頭もかなり良いんでしょ?」
私は、ヴィクターが言おうとしたことを先に言う。何百回も聞かされたので、覚えているだけだ。
「知ってるじゃないですか?!」
「信じられないってだけの話。それと“様”はいらない。やめて」
「それは無理なお願いですね。命の恩人のことを呼び捨てにできるわけないじゃないですか!」
「別にあのことは気にしなくて良いんだってば」
2ヶ月前、ひょんなことから、ヴィクターとその仲間たちを助けたことがあったのだ。それからというもの、ヴィクターたちから慕われ、ヴィクターたちのギルドに誘われるようになったのだ。
「いやいや、あれは俺にとっての人生の転機なんです!」
「大袈裟すぎだろ」
まあ、あながち間違いではないのかもしれない。彼は確かに強かったが、性格があれだっのだ。
典型的な初心者主人公をいじめる系の性格。自意識過剰、弱い奴をいじめる馬鹿げた精神をもつそんな奴。微妙に強いから、簡単に反論もできない。そういう奴。
まあ、あれがきっかけで、彼の性格は180度変わり、今では多くの人から慕われるリーダーのような存在だ。
あと何故か、私の忠犬ポジを築きつつある。こんな忠犬なんていらない。誰か拾ってあげてください……。
「大袈裟なんかじゃありません!」
「まあ、それはどうでも良いから、敬語と、様付けをやめて。」
「どうでも良くありません!」
「こんな会話続けていても埒があかないだけだし。それに私、ここで待ち合わせしてるの。だから、用件があるなら、さっさと話して」
「え?! エイリー様が待ち合わせ?! 誰ですか?!」
彼は私の人付き合いの事情を知っているので、かなり驚かれた。
失礼な。
「そうだけど。誰かは秘密」
ドヤァ、という顔で言ってあげた。私だって人を待つんだよ!
「ええ、ひどいです! 教えてくださいよぉ〜」
「断固拒否する。で? 何の用?」
「あはは。別に特段用事はないんです。見かけたから、声をかけただけです」
「そう? まあ、あんたが私に用事あるのって、どうせギルドの勧誘だけだもんねー」
「どうせって酷いですね?! かなり大事な問題なんですよ?!」
まあ、ギルドの覇権などなんだかんだはあるのだろう。踊る戦乙女とか、なんとか英雄視されちゃってるので、ギルドに所属すれば、そこが特別視されるのは間違いない。
利用価値はあるもんねぇ……。
「私は物じゃないんだけど?」
「いやいやいや。俺たちは、エイリー様の名前を利用しようとしてるんじゃなくて、貴女様にギルドを乗っ取って欲しいんです。踊る戦乙女の下僕になりたいんです!!」
必死に、違いを説明してくるヴィクターに私は若干ひく。
「それもどうかと思う。まあ、私はギルドに入る気も、乗っ取る気も、作る気もないんで」
「そうですよねぇ。エイリー様くらい強いと人はむしろ邪魔ですもんね」
「そ、分かってくれればいいの。潔く諦めて、まあ、パーティくらいなら付き合ってあげなくもないけど」
「本当ですか?! まあ、俺もまだまだ諦めませんけどね!」
ヴィクターは本当に諦める気がなさそうだ。彼の諦めない精神は少しだけ好感が持てる。やられると、迷惑だけど。
そんな会話をしているところに、ファースたちの姿が見えた。思った以上に早かった。
「あ、来たみたい」
「あ、あの3人ですか? ……なんか強そうですね。あと、雰囲気が独特的ですね。流石、エイリー様を待たせるだけありますね」
ヴィクターはファースたちが普通の人ではないことを薄々感じとっているみたいだ。流石、この街を代表する冒険者だ。
「じゃあ、私行くね。またね、ヴィクター」
そう言って、私は残りのコーヒーを口に流し込む。
「はい、エイリー様! また!」
やけに嬉しそうなヴィクターを置いて、私は彼らの元に向かった。
……そういえば、別れの時、今日初めて名前で呼んだのか。だからあんなに嬉しそうだったのか。
なんて、思いながら。
私はヴィクターのことが嫌いではありません。




