62 その冴えは両思いパワーです
なんとかいつも通りな雰囲気に戻れたのを見計らって、ドアをノックする音が聞こえた。
叩いたのは勿論、グリーとシェミーだった。
「仲直りできましたか?」
「仲直りができていないと困るので、してないなら今すぐしてください」
焦りを見せつつも、あくまで優雅にシェミーとグリーがそう言ってくる。
何かあったのかな?
「……まあ、その様子だと仲直りは済んだようだけど」
気恥ずかしくて何も言わなかった私たちは何も言えなかったが、様子を見てふたりは察したようだ。
うう。あんなめちゃくちゃな仲直りをしておいて、「無事仲直りできました!」なんて、すました顔で報告できるわけない。
今だって思い出すだけで、恥ずかしいのに。
本当、あのときの私何してたんだ。一緒恨むぞこんちくしょう。
「それで、どうしたんだ?」
ファースも同じ気持ちなので、早々に話題を転換した。
グリーたちも今はそれどころじゃないことを思い出したので、それ以上は何も言ってこなかった。
かなり焦っているようだけど、どうしたんだろう?
ノエルちゃんが一緒にいないから、ノエルちゃんに関係することなんだろうけど。
「ノエルがいなくなりました」
「は?!」
グリーの発言に声を上げるファース。
かなり驚いているようだけど、私にはいまいちピンとこない。
ノエルちゃんの意識の主導権を握っているのはアズダハーだ。だから、ある程度予想外の行動を起こしても想定内だし、むしろそうでないとおかしい。
アズダハーは魔王のことを敬愛してるみたいだし、「魔王様のために!」なんて言ってあれこれしてそうだ。
う~ん。でも、その危険性を伝えたはずだし、ファースがノエルちゃんを信じたって、監視くらいはつくはず……だよね?
ファースの驚きようから見ても、多分間違ってはいないはずだ。
だとしたら、監視をかいくぐって逃げたってこと?
あれ? 今日の私、冴えてない?!
これは名推理だ。すげえ、私!
「護衛というか、監視は着いてたんだよな?」
「はい。ですが、全員殺されていました」
「……本当に全員?」
「はい。急所を外すことなく、ほぼ一撃だったらしいですわ」
中身は知恵のある魔物だとは言え、体は子供だ。
それなのに、大人数人を相手にそこまでできるとは。恐るべし。
「動き出したってことだよね?」
「そうだと思うわ。今までも監視の目をかいくぐって色々してたみたいだけど、人に手を出すことは初めてよ」
グリーが真剣な顔でうなずく。
「じゃあ、ノエルちゃん――アズダハーを一刻も早く捕まえないとね。善は急げ、早速行こう!」
ノエルちゃんがどこにいるかなんて、すぐにわかる。
だって、マップという素晴らしいものがあるから!
あとは、何かをする前に追いつくだけ。
私たちは部屋を飛び出した。
* * *
複雑な道の多い、町外れの住宅地。
目的地はどこなのか知らないけど、そこでアズダハーを見つけた。
「見つけたよ、アズダハー」
声をかけると、アズダハーは歩くのを止め、ゆっくりとこちらを振り返る。
「あれ~? 思ったより見つかるの早いな?」
背筋の凍るような笑みを浮かべていた。
同じノエルちゃんの顔で笑っているというのに、中身が違うとここまで変わってしまうのか。
「残念だったね? 大人しく捕まったらどう? あんたの大好きなお姉ちゃんもそれを願ってるよ?」
「ちょっと、エイリーっ!」
何ふざけてるの、とシェミーに背中を叩かれてしまった。
割と本気だったんだけどなぁ~。家族愛に訴えかけて、穏便に終わればそれが一番じゃん?
「あははっ。こんな場面でそんなこと言えちゃうなんて、流石踊る戦乙女だね」
アズダハーも冗談だと受け取ったようで、腹を抱えて笑っている。
むう。そこまで笑わなくてもいいじゃん。
「私は魔王様に作られた。だから、魔王様のために働く。それが正しい私たちの在り方だ」
シェミーのことを見ながら、アズダハーはそう言う。
お前が間違っているんだ、と言わんばかりに。というか、そう言ってるんだろう。
「誰に作られたって、どう生きるかなんて、本人の勝手じゃん? 正しいも間違いもないでしょ」
むっときたので、迷わず言い返した。
シェミーに喧嘩を売るってことは、私に喧嘩を売ることと同じだって決まってるからね。
ぼっこぼこにしてあげる! 口じゃ勝てないから、物理的にいくけど!!
「その理論だと、私の生き方も間違ってないってことになるよね?」
「う~ん、そういうことになるね?」
「どうして疑問形で返すんだよ」
すかさずファースのツッコミ。
お見事と言うしかない切れ味だわ。
「まあ、生き方は否定しないけど、私の前に立ち塞がる敵だから、ぶちのめすしかないってことで! これが私の生き方だから!」
アズダハーに言い返されたときは、ちょっと失敗したかなって思ったけど、今思うと、この言葉便利だね?!
「ふはっ。あんた面白すぎでしょ」
ぐぬぬ。言い返せない。
今回のは私が間抜けすぎた。そのくらいの自覚はある。
「そんなことより! さっさと捕まってくれないかな?!」
でも、自覚があるのと話を続けるかどうかは別問題。
私は迷わずクラウソラスをぬく。
「覚悟してよねっ!」
「戦闘に持ち込むの早くない? もっと話そうよ」
「こうやってお喋りしてて時間稼ぎされたことは何回もあったから、私だって学んだんだよ! マジで卑怯! お喋りして時間稼ぎとか卑怯すぎる!」
いっつも思うんだけど、本当にやめてほしいよね。
楽しくお喋りしてるときもあるのに!
「時間稼ぎしま~す」って宣言してから、話してほしい。そんなことしないのはわかってるけどさ!
「本音がもれすぎだよ……」
苦笑いをしながら、シェミーが言ってくる。
本音を言って何が悪いんだああああああ!!
いやまあ、さ?
前世で姉妹だったり、裏切られた兄妹だったり、緊張感ある場面のはずなのに、私のせいでめちゃくちゃにしてる自覚はあるんだよ?
でも、しょうがないじゃん? これが私なんだし?
「だから、私は速攻でぶちのめすと決めた!」
そう言うとすぐに、私は呪文を歌い始める。
「輝きの弾丸、耀きの刃、赫きの矢。光の加護を受け、聖なる煌めきを纏うもの。悪しきを滅し、邪悪を祓え。
行けっ! 打てっ! 捕らえよっ!」
光の弾がアズダハーに向かって飛んでいく。
いつもに増して恨みがこもっているので、威力が少し上がってる気がする。
「本気で撃ってくるのか~」
驚きながらも、余裕でアズダハーは避ける。
体が小さくて軽いので、避けるのはすいすいと行くみたいだ。
当たらないみたいだから、次の攻撃に切り替える。
「正義の力を宿した光の鎖。聖なる加護を受けし光の鎖。正義を持って、悪を捕らえよ。光を持って、闇を消し去れ!」
クラウソラスから鎖が伸び、アズダハーに向かっていく。
これは予想外だったようで、アズダハーの動きが鈍る。
よし、やったか。
そう思って気がついた。
これって、やってないときのフラグじゃん……?
案の定、光の鎖ははじかれた。
「危なかったっすね」
はじいたのはいつもへらへらしている情報屋・デジレだった。
今も、変わらずへらへらしてる。
「デジレ、つまりはそういうこと?」
「よくわからないけど、そういうことっすね!」
ノリのいい返事をしたあとで、
「いやいや、ちょっと待ってくださいっす。落ち着きすぎじゃないっすか?!」
と、ツッコミをいれてくる。
そうだよね。デジレの裏切り?が一番驚くべきところだよね。
でも、なんだそっか、君もかってなっちゃう。
「あー。私の仲良い人、結構大きな秘密を抱えてて、デジレの暴露の順番が最後だったわけだから、驚くに驚けないんだよね」
よくよく考えると、私の友人たちはやばい人たちばっかじゃない?
王族だったり、悪魔だったり……。
変な匂いでも出してるのかな、私。
「一応聞いておくけど、悪魔じゃなよね?」
「はい。俺は人間っす」
「魔王側に着いてる人間かぁ。物好きだね? あんな睡眠妨害・食事妨害のくそ魔王のどこがいいの?」
「魔王様を侮辱するなっ!」
と、ここで口を挟んできたアズダハー。
「侮辱じゃないよ、事実だよ? 事実なんだよ? 私、睡眠も食事も邪魔されたことある上に、色々言ってくるんだよ、あいつ。侮辱してるのはお宅の魔王様の方でだよ??」
実感がこもりまっくている物言いに、アズダハーは口をつぐんだ。
「魔王様のことが好きなら、ちゃんとダメなことはダメって言ってもらわないと。肯定してるだけじゃダメなんだよ? 好きだからこそ、厳しいことを言わなくちゃ。それが優しさってもんじゃない? そう思うよね? そうだよね?」
「エイリー、その辺で」
ここで、シェミーのストップが入った。
私はまだまだ言い足りないんだけど……。
「ああもう、うるさいな! お前の被害妄想が激しいだけだろ!」
「まあまあ、落ち着いてくださいっす」
「もう行くぞ!」
「了解っす」
いらだつアズダハーをなだめるデジレ。
こう見ると、親戚の優しいお兄ちゃんみたいだねぇ。
「それでは皆さん。機会があればまた」
この状況でどうやって逃げるんだろう、と呑気にしてたら、デジレがテニスボールサイズの弾を地面に向かって投げた。
「あっ!!」
気づいたときにはすでに遅し。
目くらましの煙が広がっていた。
ずいぶんと古典的な方法を……!
煙を晴らしたときには、ふたりの姿はもうなかった。




