61 平常心が家出をしてるようです
シェミーは慣れたように王城を歩き(王城で働いている人も当たり前のように挨拶してたのはびっくりした)、ひとつの部屋にたどり着くと躊躇うことなくドアを開けた。
「めちゃくちゃ慣れてるね?! というか勝手に入ってもいいの?!」
私が驚くと、あははと照れくさそうにシェミーは笑った。
「そうだね……。結構来てるからなぁ……」
おいおいマノン様! どんだけシェミーを呼び出してるんだよ!
わかるけど! シェミーが可愛くて、癒やしなのはわかるけど!
「あ、この部屋は入って大丈夫。談話室みたいなものだから。ここにセーファース殿下も来てくれることになったはずだし」
「それならいいんだけど」
もともとシェミーが許可なしで入るとも思えないから、心配はしてない。
「……緊張してるのバレバレだよ?」
「この状況で緊張しない人なんているの?!」
好きだと自覚して初めて会う状況だよ?! しかもただいま喧嘩中なんだよ?!
冷静でいられる人の方が少数派じゃない? おかしくない?
「確かにそうなんだけど、エイリーがそこまで緊張してるのがおかしくて。エイリーって当たって砕けろって感じじゃない?」
「うっ……。確かに自分でも緊張しすぎだと思ってるけど」
当たって砕けろは言い過ぎだと思うな。
……そうでもないの、か? いやいや、言い過ぎだよ、言い過ぎ!
私が何も言い返せなくて、「うう~」と唸ってるのを見て、シェミーはくすくすと笑った。
そんな感じで比較的穏やかな時間を過ごしていると、ドアをノックする音が響き渡った。
「ひゃっ?!」
突然だったから、変な声が出てしまった。
許さん。今からドアを叩きますよって予告してよ。びっくりするじゃん。
一方シェミーは驚くことなく、「どうぞ」と声をかけていた。
何この差。シェミーは当事者じゃないから緊張しなくて当然なんだけど、解せぬ。
もう少し驚く動作があってもよかったんじゃないかな?
ドアを開けたのは、久しぶりに会うファースだった。
今までと何も変わらないはずなのに、なんかすごくかっこよく見えた(語彙力)
おかしいな? 私の目、狂っちゃったかな?
はっ。もしかして、目の病気?! そりゃあ、大変だ!
どうしていいかわからず、とりあえず高速まばたきをすることにした。
「エイリー? 久しぶりなのに、早々に奇行をするのはやめてくれる?」
ファースの後に続いて入って来たグリーがそんなことを言ってくる。
「私がいつもおかしな行動をとっているみたいに言うのやめてくれない?!」
「自覚ないの?」
「自覚もないにも、やってないから! そもそもどうしてグリーがいるのさ?!」
私はファースと話をしに来たのだ。
グリーがいる必要はない。というか、いてほしくない。
絶対、後からからかわれる材料になる……。というか、その場でからかわれそうな気がする。
ただでさえ心臓が痛いのに、胃にまでプレッシャーをかけてくるのやめてくれないかなぁ……。
「あら? 兄と友人のことが心配で心配でたまらなかっただけよ? それにエイリーだって、シェミーを連れてるじゃない」
「これとそれとは話が別!」
「別じゃないと思うんだけどね」
別だよ。
だって、グリーは私の胃に負担をかけるけど、シェミーは私の癒やしだもん。その負担を減らしてくれるの!
「まあ、わたくしはシェミーに用があったから、いいのだけど」
「はい?!」
「ノエルのこと、先に捕まえておこうと思って。さっさと解決しちゃった方が良いでしょ? だから、シェミーの力を借りたいの」
「わかりました」
グリーのお願いを承諾するシェミー。
え? 嘘でしょ?!
私とファース、ふたりきりにされるの?!
え? 待って? 普通に無理なんだけど?!
どうしていいかわからないんだけど?!
「ノエルのこともあるんだから、早く仲直りしてくださいね、お兄様」
「頑張って、エイリー!」
私が止めようとする前に、グリーとシェミーは颯爽と部屋を出て行ってしまった。
マジか。
というか、どうしてあのふたりあんなに息がぴったりなんだ……?
*
残された私たちはお互いの出方を探るべく、きょろきょろと視線を泳がせながら時間の流れに身を任せていた。
ううう。気まずい。本当に気まずい。
何から話せばいいのかわからないけど、ファースに先手をとられてはいけない気がする。
「「あのっ」」
ハモった。
この状況でハモるとか地獄だ。
次の言葉を喋る前に、ファースの口を手で押さえつける。
「えーと、私から! 私から言わせて!」
これで間違いなく、私から喋れる。先手をとれた。
…………先手をとったは良いものの、何から話そうとしたんだっけ?
そう考えている間、ファースが私のことをじっと見つめてくる。
いきなり口をふさがれたんだから、私のことを見るのはわかるんだけど、そんなかっこいい顔でこっちを見てこないで!
さらに混乱するから! マジで心臓バクバク言ってるから!
「えーと、その! 好きです!」
もう頭が回らなかったので、とりあえず今の心情を吐いた。吐いてしまった。
ひゃあああああああ?!
私、何を先走ってるんだ?!
謝るより先に告白する馬鹿がどこにいる?! ここにいたよっ!
死にたい! それか時間を戻したい!
頭を抱え、ファースに背を向けて、うずくまる。
「あの、ありがとう……」
ファースの照れた声が聞こえてくる。
きっと顔はありえないくらいに真っ赤なんだろう。
見たい! ファースの真っ赤な顔見たい!
でも、それは私の顔をファースに見せることと同じだ。
私の顔だって、ファースに負けないくらい真っ赤なはずだ。いや、それを上回っている謎の自信がある。
「あの、顔見せて?」
いつの間にか、近くに来ていたらしく、私の耳元でそんなことをささやいた。
エロっ?! エロいんだけど?! 私はエロ耐性ないので、勘弁してほしい!!
「嫌だ! この間、喧嘩したときのこと謝るから、勘弁してほしい」
「それは関係ないよ。あれはお互い様だし」
「じゃあ、どっちにしろダメ! ダメです! あと耳元で喋るのやめてほしい!」
心臓がありえない速さと大きさで鳴ってるんだよ、こっちは!
私、死んじゃうのかな?! 死にそう!
これ、なんて病名なんだろう……? キュン死、キュン死なのか!?
ああもうダメだ。わけがわからん。
「でも、エイリー浮気したんでしょ?」
「してない!」
「でもするって言ってたよね?」
「言葉の綾です!」
根に持っていらっしゃる!
浮気のこと、相当怒っていらっしゃる!
「俺はこんなにも、エイリーのこと好きなのに」
「私の方が好きだから、大丈夫!」
条件反射というか、なんというか、勢いでファースの方を見てしまった。
「あ」
しまった、と思ったけれど、ファースの顔を見て、混乱が吹っ飛ぶ。
「……余裕そうに色々言ってたけど、ファースの顔真っ赤じゃん。真っ赤すぎじゃない?」
「……声だけ頑張ってたんだよ。それにエイリーだって真っ赤だし」
「そっか。そうだね」
「うん。そうだよ」
目を合わせた瞬間、色々なことがどうでも良くなって、ふわふわとした心地になる。
なんだかそれがむずがゆくて、笑いたくなった。
「「あははは!」」
それはファースも同じだったらしく、ふたりで思いっきり笑った。




