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逃亡した悪役令嬢は隣国で踊る戦乙女と呼ばれています。  作者: 聖願心理
第2章 魔王討伐をするようです。/第2節 それぞれの思惑が明らかになるようで……?
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58 踊る戦乙女VSアエーシュマ

「あ、クナンサティーは帰っていいよ。邪魔されたら困るからね」


 心臓を刺され倒れ込んでいるクナンに、変わらない調子でアエーシュマは声をかける。

 体が動き出す気配がないので、使い物にならない体から離れ、精神体でこの辺にいるのかな?


「邪魔をするつもりなんてないですよ。その体、結構使い勝手が良かったのに」

「横取りしようとしたあんたが悪いよ。むしろこれくらいで済んだことに感謝してほしい」

「わかってますよ。じゃあ、僕は大人しく消えますね」


 その言葉を最後にクナンの声は聞こえなくなった。

 そもそも姿が見えていなかったから、ここにいたかどうかも微妙なところだけど。


「さあて、邪魔者もいなくなったし、始めようかっ!」


 そう言いながら、アエーシュマはナイフを2本投げてくる。

 すれすれのところで、よけられた。あと、数秒反応が遅れてたら、ナイフが刺さってた。

 アエーシュマのことだから、ナイフの先端に毒なんか塗ってそうだから、かすっただけでもアウトだ。


「……言い終わる前に投げないでよ。危ないじゃん」

「あはは。ごめんね? でも、綺麗によけてたから、いいじゃない」


 こいつ悪いなんて微塵も思ってないだろ。

 へらへらと謝られるのがなんだかんだ、一番腹が立つかもしれない。


「こっちは疲れてるんだよ!」


 今日はこの森のことをちょちょいのちょ~いと調べるだけのはずだったのに、大量の魔物を倒し、上級悪魔のクナンに会い、しまいには五悪魔衆(アンユ・ダエーワ)であるアエーシュマと戦うはめになってるし!

 こんな予定じゃなかった! あっさり終わるはずだった! 今頃はネルソン公爵家でだらだらしてるはずだった!


 許さん。まじで許さん。

 働き過ぎて過労死したらどうしてくれるのさ?!


「だからハンデだって」


 けらけらと笑うアエーシュマ。

 こいつ、人間相手にハンデとか言って、虚しくないんだろうか……? 恥ずかしくないんだろうか……?


「ハンデなんていらない! むしろ私にハンデつけてよ!」

「どうして強いエイリーに、ハンデを与えなくちゃいけないのさ?」

「楽したいからに決まってるでしょ!」

「ぶれないねぇ」


 そんな会話をしながらも、瞬間錬成で作った針や体の至る所に隠していたナイフを次々と投げてくる。

 ひょいひょいとよけているわけだけど、反撃はできていない。


 魔法を使っているのか、アエーシュマの攻撃が止まることはない。

 地味に疲れるなぁ。ただでさえ疲れてるっていうのに。


「ああもう、切りがないなっ」


 クラウソラスを抜いて、物理的に針やナイフをたたき落としながら、魔法を唄う準備をする。


 風でまとめて吹き飛ばしちゃえば、隙ができるよね。それでいこう。


「吹け吹け、風よ。舞え舞え、木の葉よ。存在を証明するために吹き荒れろ!」


 その呪文をきっかけに、風がぶわっと吹いて、私に向かってきたナイフたちが全て吹き飛んだ。

 吹き飛んだんだけど……。


「あれ? いつもより、弱い?」


 魔法の威力が何故か落ちていた。

 アエーシュマごと吹き飛ばす気でいたのに、飛んでいったのはナイフだけ。アエーシュマはよろけることすらしない。


 魔力を込める量は、変えてないはずなんだけどなぁ……?

 クラウソラスが不調なの? 剣に体調不良とかあるのかな?

 その辺は詳しくないからわからないけど、剣も風邪をひくとかちょっと面白いかも。


「ハンデその2だよ」

「はあ? またもやハンデ?」

「ハンデというか、私の作戦っていうか」


 ドヤ顔で、アエーシュマは意味のわからないことを告げる。


「魔法の威力が落ちてることが?」

「そうそう。クラウソラスに魔力を通りにくくする細工をしたんだよね」

「勝手に人様の剣をいじらないでくれるかな?」


 ゼノビィアのお父さんであるギヨさんにクラウソラスの手入れを頼んでいるので、アエーシュマが細工をすることは可能だろう。

 まさか上級悪魔にそんなことされるとは思ってなかったけど。


「本当は魔法を全く使えないようにしたかったんだけどね。流石、クラウソラス。なかなかの曲者だよ」

「これ、元に戻るの?」

「私に勝ったら戻してあげるよ」

「その言葉は嘘じゃないね?」

「仕方がないから、魔王様に誓ってあげる」


 戻るならそれでいいや。

 とはいえ、クラウソラスがいつものように使えないのは困ったなぁ。

 こいつじゃないと、上手く魔法が使えないんだよね。


「う~ん。どうしようかな?」

「どうしようね?」


 楽しそうにアエーシュマは、ナイフやら針やらを投げてくる。

 魔法はたいして当てにならないことがわかったので、とりあえずクラウソラスで払い落とす。


 アエーシュマから聞きたいこともたくさんあるし、なによりクラウソラスを元に戻してもらいたいから、勝たないといけない。

 《《アエーシュマを消さずに》》勝たないといけない。


「手加減できる自身がないんだよね」

「まだそんなことが言えるんだ。すごいね」


 聖魔法を使わなければ、なんとかなる気もする。

 けれど、そうするとゼノビィアの体に傷がついてしまう。一応、あまり怪我をさせたくない。


 難易度高くない?

 疲れてる上に、たくさんのハンデまでつく上級悪魔戦ってなんなんだよ。

 イライラしてきた。もういいや、どうにでもなれ!


「あーもう。考えるのおしまい!」


 八つ当たりをするように、地面にクラウソラスを突き刺す。


「クラウソラスを手放してどうするの? 魔法使えないよ?」

「あー。勘違いしてるね」


 私の奇行に困惑しているアエーシュマ。

 まあ、普通ならわけがわからないよね。


 強力な魔法を使う人ほど、杖なんかの媒体を必要とする。魔力を効率よく使うためだ。

 自分しか使えない特殊な聖魔法を使えるミリッツェアや魔力の操作がものすごく上手いファースは例外だけど。


 私の場合、魔法を使うときに大抵はクラウソラスを使っている。

 だから、クラウソラスがないと魔法を使えないと勘違いしているのだろう。


 魔法を上手く使えないというのは、一緒なんだけどね。


「私はね、クラウソラスを使って、多すぎる魔力の量を調整してたんだよ。クラウソラスがないと、魔法の威力がおかしくなっちゃうんだよね。強い魔法なんか特に」

「はあ?!」


 ここで初めて、アエーシュマは目をまんまるにして驚いた。


「嘘でしょ?! どれだけの魔力を持ってるのよ、あんた?!」

「嘘じゃないよ。試してみる?」


 右手を高く上げ、魔力をてのひらに集中させる。

 魔力がたまるたまる。本当にどれだけの魔力が私のなかにあるんだろう?


「ね? 嘘じゃないでしょ?」


 魔力が集まり、大きな丸い物体ができる。

 禍々しい色をしたそれは、どんな人でも致命傷は避けられないだろう。


「……あー。なるほどなるほど」


 アエーシュマはどこか達観したようにうなずく。

 そして――、


「はーい。降参しまーす。アエーシュマ、降参します。エイリーの勝ちです!」

「はい?」


 両手を挙げて、降参の宣言をした。


 何言っちゃってるのこいつ。



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