43 笑い飛ばせばなんとかなる
「さあて、次はシェミーの話だね!」
「すぐ泣き止みましたって雰囲気出してるけど、違うよね?」
「細かいことは気にしちゃ駄目なんだよっ!」
私が泣いていた(と言うか泣いてないし!)ことを、なかったことにしようとするように言うと、シェミーが冷静につっこんできた。
最近、シェミーのツッコミ力も上がってきたので、侮れない……。
「そっか。
それで、私の話、結構シリアスなんだけど、エイリー、すぐに切り替えられる?」
「切り替えられるって何が?」
「シリアスに合わせた雰囲気というか、心持ちというか……」
「任せといてっ!」
私はやればできる女なのだ!
何も心配することはい。ど~んと構えておけばいいのだ。
「信用ならないなぁ」
「ちょっと酷くない?!」
「だって、エイリーだよ?」
「理由になってないよね??」
そんな当たり前のように言われても、私は納得できないからね?
すると、私の必死な顔が面白かったのか、シェミーは笑い出した。
「……今日のシェミーは良く笑うね?」
「エイリーと話してるの、楽しいから。いろんなことが馬鹿みたいに思えてきちゃうから、楽しいの」
「ありがと……」
急に嬉しいことを言われてしまったので、照れる。ぽりぽりと誤魔化すように、頬をかいた。
「でもさ、逃げてちゃ駄目だよね」
「逃げる?」
「本当はね、もっと早く話すべきだったんだ。でも、私、話せなかった。怖かったし、混乱もしてた。話さなくていいなら、多分、一生話さなかった」
「シェミー……」
「でも、魔王が復活した。だから、話さないといけない。私を助けてくれたエイリーには、魔王を倒すエイリーには、話さないといけない」
シェミーは深呼吸をすると、私の瞳を真っ直ぐ見つめた。
「だから、聞いてくれる?」
その話を聞かない理由なんて、ない。
*
「……私には、前世の記憶があるの」
「え?!」
シェミーもまさかの転生者?! 同じ日本人かな?!
――――結論から言うと、そんな呑気なことを考えていた私は馬鹿でした。すみませんでした。
「前世の記憶っていうか、人格かな。なんて言えばいいのかわからないんだけど……」
「なんとなくわかったから大丈夫」
私も前世の記憶持ちなんで、その曖昧な感覚は理解できる。
私のようで、私じゃない。自分に近い他人。でも、自分。そんな、酷く曖昧な自分と他者の境界線。
「私が先祖返りを起こしているってことは知ってるよね?」
「うん。それも、ただの先祖返りじゃないって、言ってたよね?」
「そうなの。私は」
シェミーは手を強く握りしめた。その手は震えている。
「私は、ゼーレ族の始まりの魔物、魔王に作られた人間。名をザリチュ」
え、と無意識に声が漏れた。
「私には、人間と戦った記憶がある。人を殺した記憶も、人を愛してしまった記憶も」
「……愛した?」
魔王が人間に対抗するために作ったんだから、人間を殺した記憶があるのはわかる。
だけど、愛した記憶ってなんだ? 禁断の恋ってやつ?
「うん。ザリチュはひとりの人間を愛した。どうしようもなく、愛してしまった。彼が苦しむから、人を殺したくなかった。でも、ザリチュは魔王の操り人形。彼女は魔王の命令には逆らえず、人を殺し続けた」
「……そんな」
「そして、魔王は封印された。ザリチュは残された。ようやく魔王から解放されたけど、その手はすでに汚れすぎていた。死ぬ、覚悟はあった。
でもね、そんな彼女を、彼は、人間は、許したの。生きることを許してくれた。それが、ゼーレ族の始まり」
私が何も言えずにシェミーを見ていると、ふっと彼女は力を抜いて、自嘲するような表情を浮べた。
「ゼーレ族が私を殺そうとしたのは、当然の話なの。私はただのゼーレ族じゃない。諸悪の根源。不安要素でしかなかった。いつ、魔王に寝返るかわからないから。
そんなことないのにね。私は、ザリチュは、人間を愛しているのに」
シェミーはとても悲しそうだった。でも、どこか諦めているようだった。
仕方がない、と思っているのだろう。そう思われても、仕方がないって。
「でも、仕方のないことなの。私はそうでも、妹は違ったから」
「妹? 妹なんているの?!」
「うん。私の後に作られた、もうひとり。名前は、アズダハー」
「アズダハー?」
その、あずきバーみたいな名前、どこかで聞き覚えがあるような……?
「アズダハー――アズも、ゼーレ族のひとり。でも、アズには目的があった」
それは、とシェミーは続ける。
「それは、いつか魔王の力になること。子孫を残して、魔王の戦力を増やすこと。アズは、魔王のためなら、なんでもする」
「そりゃまた厄介だね……」
それにしても、アズダハー、どこかで聞いたことがあるんだよなぁ。どこだっけ。
確か、王城だったような……。
「それで……」
「ああああ!」
思い出した!
「ど、どうしたの、エイリー」
「アズダハーって、あれだ! そんな名前で、ノエルちゃんのこと、呼んでたよね?!」
「そうだけど……」
「だよね! あー、すっきりした!」
心のもやもやがとれて、せいせいした!
というところで、私は我に返る。
――――やっちまったああああああ、と。
完全にシェミーの話の邪魔をしちゃったじゃないか!
やばいやばいやばい。
私、まともに話も聞けないやばい子だ!
「……あの、その、ごめん」
シェミーは、肩を震わせている。
だよね、怒ってるよね……。本当、申し訳ない。
「ふふふふふふふっ! エイリーらしいなぁ! ふふふ」
「シェミー?」
さっきまでの、しんみりした雰囲気はどこに行ったんだろうか。
とても楽しそうに笑っている。
怒ってなくてよかったけど……。
楽しそうで何よりだけど……。
大丈夫かな? ちょっと心配になってきた。
「やっぱり、エイリーはすごいね」
「え……?」
褒められることなんて、私しただろうか……?
「深く考えていたことが馬鹿らしくなってきたよ」
「それは、良かったです?」
「ありがとう」
「どういたしまして?」
シェミーさん、今までにないくらいハイテンションなんですけど? 怖いんですけど?
シェミーの笑いが収まるのを待って、私は話を進める。
「……話を戻すと、つまり、シェミーは、アズダハーを、ノエルちゃんを止めたいってこと?」
「……そういうこと。アズが何かをする前に、止めたい」
シェミーは胸の前で手を組んで、懇願するように私を見る。
「お願い、エイリー。力を貸して」
そんなの答えはひとつだ。
「任せといて!」
「ふふ、頼もしい」
そして、私たちは笑い合った。




